外国ルーツの子どもたちから始める──株式会社いのまとぺが描く、これからの学びのかたち

株式会社いのまとぺは、日本語指導が必要な子どもたちに向けた教育プログラムの開発・提供と、地域資源を活用した体験型イベントを軸に、教育と地域の可能性をつなぐ事業を構想しています。
第1回では、井上さんの原体験を起点に、なぜ今この課題に取り組むのかという「Why」を伺い、第2回では、その課題に対して、慈善活動で終わらせないための事業設計や持続可能性について掘り下げました。

第3回となる今回は、株式会社いのまとぺがこの先どのような未来を見据えているのか、そのビジョンに迫ります。
いま、教育をより開かれたものにしていこうという流れが国全体でも少しずつ進む中で、井上さんと角野さんは、自分たちがこれまで積み重ねてきた経験やルーツをもとに、まずは「外国にルーツを持つ児童生徒」という、後回しにされがちなテーマから事業を始めようとしています。

今回は井上さんに加え、共同創業者であり、長年教育現場に関わってきた角野さんにも同席いただきました。異なるキャリアを歩んできた2人が、どんな役割を持ち寄り、どんな学びのあり方をつくろうとしているのかを紐解いていきます。

第1回記事はこちら⇒日本語教育と地域体験、その先にあるもの──井上さんが〈株式会社いのまとぺ〉で実現したい世界

第2回記事はこちら⇒「慈善活動では終わらせない」株式会社いのまとぺが描く、持続可能な仕組みづくり

角野 仁美さん Kakuno Hitomi

1994年生まれ、岐阜県可児市出身。高校を卒業後、新潟大学へ進学。その後、NPO法人みらいずworks理事を経て、結婚を機に静岡へ移住。現在は探究コーディネーターとして高校教育プログラムなどに関わりながら、〈株式会社いのまとぺ〉の共同創業者として新たな挑戦を続けている。

教育現場と事業づくり、それぞれの経験が重なるところ

ーーまず、今回の事業において、井上さんと角野さんそれぞれの役割はどう整理されているのでしょうか。

井上さん:
私の役割は、教育というテーマを教育関係者だけのものにせず、企業や地域、これまで教育と距離があった人たちにも届く形に翻訳していくことだと思っています。教育の現場で起きていることを、どうビジネスや社会の文脈につなげていくか。共感者や仲間を増やしながら、事業として広げていくことが役目だと捉えています。

角野さん:
私はずっと教育現場にいたので、現場感覚を持ち続けることが一番大事な役目だと思っています。実際に今も高校現場に関わっているため、その視点も活かして支援者や先生方の声を拾って、どんな困りごとが起きているのかを具体的に見ていく。その声をモデルづくりに反映させることが私の役割ですね。

ーー異なる領域から教育と向き合ってきたお二人だからこそ、役割の補い合いができているのですね。

角野さん:
そうでありたいですね。私はNPOや教育現場しか知らなかったので、井上さんがビジネスやスタートアップの視点からこれをどう切り開いていくのかにすごく信頼があります。現場の課題感だけでは突破できないことも多いので、その意味で心強いです。

井上さん:
逆に私は、角野が長年教育現場で見てきたものがあるからこそ、この事業にリアリティが生まれると思っています。理想論ではなく、現場の声に根ざした形でモデルをつくれる。そこは本当に大きいです。

 

「応援してるよ」で終わる社会を変えたい

ーーいのまとぺが最初のテーマとして「外国ルーツの子どもたち」を見据えているのは、どんな理由からなのでしょうか。

角野さん:
教育支援の現場にいると、「いいことやってるね」「応援してるよ」と言っていただくことがあります。それ自体はありがたいんですけど、そこから先に進まないもどかしさもありました。

必要性は分かっていても、優先順位の中で後回しになってしまう。そういう領域が教育の中には確かにあると思っています。

それに、教育支援の事業は、思いがあっても続けるのが本当に難しい。パッションを持って果敢に教育現場に向き合っていても、ライフステージの変化などを機に、現場から離れる決断をする仲間も見てきました。必要性はみんな分かっているのに、続けられる構造になっていない。そのことにずっと違和感がありました。

井上さん:
外国にルーツを持つ児童生徒への支援って、重要性はあるけれど、どうしても優先順位の中で埋もれやすいテーマだと思うんです。

でも実際には、学校生活、社会、家庭との連携みたいな課題が重なりやすくて、本当はすごく丁寧な支援が必要です。

だからこそ、私たちはそこを出発点にしたいと思っています。教育全体を大きく語るというより、まずは見落とされやすいところから、ちゃんと形にしていきたいです。

 

角野さんが教育に向き合い続ける理由

ーー角野さんが今、外国ルーツの子どもたちの教育や、多様な人たちが共に学ぶ場づくりに強く思いを持っているのは、どんな原体験から来ているのでしょうか。

角野さん:
私は岐阜県の出身なんですが、実は地元には外国の方が多く暮らしている地域があって、幼い頃からその存在を身近に感じる場面がありました。
すごく印象に残っているのが、大学生の時に実家の近くのスーパーで見かけた光景です。レジの前で、どうしたらいいのか分からず立ち尽くしている外国の子がいたんですね。日本語が分からなくて、買い物の仕方も分からない。今思えば、ただそれだけのことかもしれないんですけど、当時の私にはすごく衝撃的でした。
同じ地域で暮らしているのに、こんなにも見えている世界が違うんだって、初めて実感した瞬間だったと思います。

その後、地域の支援団体が開いていた場に参加したこともありました。そこでは外国ルーツの子どもたちが作文を発表していたんですが、「早く国に帰りたい」と泣きながら話している子がいて。しかも、それが一人ではなかったんです。
私は当時まだ大学生で、何か具体的にできることがあったわけではありません。でも、「日本で暮らしている子どもたちが、こんなふうに苦しんでいるんだ」という事実は、すごく強く残りました。

 

ーーその経験が、今の教育への向き合い方につながっているんですね。

角野さん:
そうですね。他にも様々な想いが重なり、その後ずっと教育現場に関わってきたんですが、学校や地域の中で、子どもたちが誰と出会って、どんな学びを得られるかによって、その先の見える景色って大きく変わると感じてきました。
だからこそ、外国ルーツの子どもたちへの支援も、「困っている子を助ける」というだけで終わらせたくないんです。
その子たちが安心して学べることはもちろん大事なんですが、それと同時に、その場にいる日本の子どもたちや先生たち、地域の大人たちにとっても、多様な人と共に学ぶこと自体が価値になると思っています。

今後、日本の中で多様な背景を持つ人たちが一緒に暮らしていくことは、ますます当たり前になっていくはずです。だとしたら、その多様性を「大変なこと」としてではなく、「学びに変えられるもの」として捉えられる場をつくっていきたい。
私は、いのまとぺでやりたいのも、まさにそこなんです。

 

まずは新潟で、実感のあるモデルをつくる

ーー最後に、これから数年で実現したい景色を教えてください。

角野さん:
私は、教育現場の声や困りごとが、もっと具体的な形で整理されていってほしいと思っています。現場には課題も工夫もたくさんあるのに、それが十分に可視化されていない。
いのまとぺの取り組みを通じて、「こういう支援が必要なんだ」「こういう形ならやりやすいんだ」ということが少しずつ見えるようになっていけばいいなと思っています。

井上さん:
まずは新潟で、しっかり形にしたいです。
大きなことを急に変えようとするというより、現場に合った形でモデルをつくって、実証して、必要としてくれる人たちに届けていく。その積み重ねが一番大事だと思っています。
スキルを持ち寄ってくれる人、資金を託してくれる人、場を開いてくれる人。そういう人たちと一緒に、まずはちゃんと使われるものをつくっていきたいです。

角野さん:
地域によって状況は違うので、最初から大きく広げるというよりは、新潟でやってみて、そこから見えてきたことを次に活かしていくのが自然だと思っています。
その中で、外国ルーツの子どもたちにとっても、周囲の子どもたちにとっても、学びが少し豊かになるような形をつくれたらと思っています。

 

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株式会社いのまとぺが描いている未来は、単に一つの教育サービスが広がる未来ではありません。
それは、子どもたちの学びを、学校だけの責任にしない社会。教育を、善意だけに頼らない社会。
そして、多様な背景を持つ人たちが出会うことを、課題ではなく価値として捉えられる社会です。

井上さんと角野さんの言葉から伝わってきたのは、きれいな理想論ではなく、現場で感じてきた限界やもどかしさを踏まえた上で、それでも構造を変えにいこうとする経営者としての意思でした。
教育現場を知る人と、ビジネスの現場を知る人。その両輪で進めるからこそ、いのまとぺの挑戦には現実味があります。

「応援している」で終わらせない。
「必要だよね」で留めない。
その先にある、資源が循環し、人がつながり、未来への投資が社会の意思として動き出す状態をつくること。

株式会社いのまとぺが目指しているのは、まさにその景色なのだと感じました。