今回ご紹介するのは、シャボン玉アーティストとしてご活躍されている『シャボン玉協会 泡人(あわびと)』のsouさん。
元々は会社員だったsouさんが、シャボン玉を生業にする選択をするまでの話。気になったので聞いてきちゃいました!
私も子どもとシャボン玉パフォーマンスに魅せられたことがあるのですが、あの、一瞬で普通の光景をキラキラとした世界に変えてしまう時間。言葉に表しきれないくらい素敵な思い出として残りますよね。
会社員を辞めてまで、シャボン玉が作り出すものに惹かれたsouさんの想い、わかるような気がするな〜。でも、実際のところはもっとリアルな思いや壁があったそうです。
初めて目の当たりにした、シャボン玉パフォーマンス
ー早速なのですが、souさんのシャボン玉パフォーマンスとの出会いを聞いてもいいですか?
souさん:はい。私は元々キャンプが大好きで、よく子どもを連れて行っていたんです。でも、最近ってキャンプ場でも子どもたちはゲームをしていたりするんですよね。で、子どもと一緒に楽しめるものは何かと思っていた中で、たまたま小針浜にいらしていたシャボン玉アーティストのカズさんに出会ったんです。
カズさんが作り出すシャボン玉に、子どもたちは大喜びではしゃぎ回っていました。キラキラしたシャボン玉に、そこにいる人みんながワクワクする、そんな空間にすっかり魅せられて、そのままカズさんに声をかけたんです。
すると、とっても親切に色々と教えてくださいました。後日、自分で材料を揃えて、毎週末のように近所の広い公園で練習し始めました。
次第に仕事としての依頼が舞い込んでくるようになり、仲間を集めて「泡人」として活動するようになり、働いていた会社も辞めてシャボン玉業に専念し始めて、今に至ります。
お金をもらっている以上は、プロなんだ
ー会社員を辞める選択をするのには、きっかけか何かがあったのでしょうか?
souさん:イベントに出演させていただいた時に、友人から言われた言葉がある意味のきっかけとなった気がします。
最初はあくまでも趣味の延長でやっていたんです。しかし、イベントに呼んでくれた友人から、「お金をもらっている以上、お前はプロなんだから、ちゃんと責任持ってやれ」と言われたことがあったんです。
もちろん、適当にやっていたわけではないのですが、その言葉がやけに心にすんなりと入ってきて、活動の向き合い方について考え直すきっかけになりましたね。
ーご友人からの一言が、覚悟を決めるきっかけとなったのですね。それまでは、どんなお仕事をされていたのでしょうか?
souさん:20年くらい、普通の会社員として働いていました。けど、これでいいのかなと、ずっと違和感を感じながら働いていましたね。だから、会社員をしている傍らでいろんなことに副業的にチャレンジしていました。時には、3つくらいの仕事を掛け持ちしていることもありました。
楽しそうなことは、やってみたいですよね
ー3足の草鞋ですか!「普通の会社員」ではない気が、、、(笑)
souさん:最初は20代前半でカメラにハマり、休日に撮影の依頼を受けるようになりました。他には飲食店のスタッフや、運送業もしていたことがあります。体を動かすことも好きでしたし、楽しそうに思ったことは何でもやらせてもらって、本業以外の時間は寝る間すらも惜しんでシフトを詰め込んでいました。普通じゃないですね(笑)
ー本業含めると4足の草鞋?もうよく分からないことになっていますね(笑)なぜそういった働き方をされていたのでしょう?
souさん:面白そうなことはやってみたい、やってみないと気が済まないタイプなんでしょうね(笑)
毎週、週末が近づくにつれて別の仕事に対する気合を高めていき、連休明けには疲れた姿を見せていたので、会社の同僚からしたら”変なやつ”って感じだったと思います(笑)
空間をワクワクで埋め尽くしたい
ーほとんど休むことがない生活だと思いますが、そのスタイルが続いた要因は何なのでしょう?
souさん:誰かにやらされているわけでもなく、自分がやりたいことをやっているだけだから、でしょうか。
あと、貯めたお金で旅行に行ったりすることもやる気に繋がっていましたね。
私、こんな見た目ですが実はディズニーが大好きなんです(笑)
子どもの頃にディズニーランドに連れて行ってもらったことがなくて、23歳ごろに生まれて初めて訪れたのですが、もうその時の感動がすごくて!
当時、音楽イベントの運営補助をさせていただいたりすることがあったので、ディズニーの音響やライティング、炎などを使った特殊効果の演出など、圧巻のパフォーマンスで空間にいる人々を魅了する技術には衝撃を受けました。
ーシャボン玉を見て受けた感動は、ディズニーを初めて見た時に受けた感動に近いものがあったのでしょうか?その空間にいる人にワクワクを届けるものに惹かれるという共通点がある気がします。
souさん:そうですね。実は学生時代は野球一筋の少年だったんです。そういった部分は野球も一緒で、そこにいる人や応援してくれている人をワクワクさせたり、喜んでもらえることをモチベーションに頑張れていたんです。苦しいことでも、乗り越えたらみんなが喜ぶと知っているから頑張れたといいますか。
あとは、小さい頃はやんちゃで、いろんなものに飛びついて走り回っている子だったらしいので、そういったことも大人になってからの姿に影響しているように思いますね。
シャボン玉を生業にする覚悟
ー現在はシャボン玉の活動だけでキャリアを形成しているのでしょうか?それとも、今までマルチに働いてきたsouさんだから、やはりいろんなお仕事をされているのでしょうか?
souさん:シャボン玉の活動を優先するために会社員を辞めたとき、シャボン玉に付随して自分にできるお仕事は何でもいただけたらいいなと思って行動していたところはあります。
なので、今はシャボン玉パフォーマンス以外のところで、イベントの企画運営なども行っています。
こうした働き方って、場所を選ばないスタイルなのがいいなと思っています。
例えば、九州にいきたいと思ったら、九州でシャボン玉を飛ばして、「こんな活動しています」っていろんな人とつながって帰ってきます。運良くそれが仕事に繋がって、今度は仕事としてその地に出向くこともできるようになりました。今は、これまでに蒔いてきたタネに芽が出はじめている時期ですね。
シャボン玉で世界中と繋がる未来
ーそれいいですね!souさんは、シャボン玉を通じてどんな夢を描いているのでしょうか?
souさん:シャボン玉が与える感動って、国の文化や言語によらないところがまたすごいと思うんです。
さらには、この感動はきっと100年後も変わっていない気がしています。
シャボン玉そのものは儚く、すぐに消えてしまうんですけどね。
シャボン玉が与えるワクワクは、記憶に残り続けるし、それは何年も消えないんです。
たまに、出会った子から「前も◯◯でやってたよね?見たことある!」と声をかけてもらうことがあるのですが、ほんのわずか5歳くらいの子どもでも数年前の記憶が残っていて、かつ僕のことを認識してくれているんです。これってすごいことだなと思うんですよね。
シャボン玉がもつ、本能に訴えかけるような感動やワクワクの可能性は無限大です。これで世界各地と繋がっていきたいですし、シャボン玉師の方々とも繋がっていけたら、楽しそうですよね。そんなことを考えているとき、私自身がだれよりもワクワクしていると思います。
***
今回はシャボン玉アーティスト「泡人」のsouさんにお話を伺ってきました。
シャボン玉を生業にしていく決断は、周囲の方々からの心配や引き止めの言葉がたくさんあったそうですが、それが逆に力となっていると話すsouさん。
好きなことを仕事にする、やりたいことを素直にやるって、シンプルなはずなのに簡単なことではないですよね。
自分が作り出したもので、すぐ目の前にいる人々がワクワクして、瞳を輝かせてくれる。そんなお仕事も素敵だな〜。
- souさん
sou|シャボン玉アーティスト
1985年新潟県生まれ。新潟の企業に就職し、2019年にシャボン玉と出会う。同年、シャボン玉協会泡人を立ち上げ15名のメンバーと様々な業態のイベントに出演実績を重ねている。自主イベントとして「Bubble Show」を主催。
『シャボン玉で日本を元気に!』をテーマにシャボン玉と笑顔の空間を新潟のみならず全国各地に届ける活動を展開中。