今回は教育支援NPO法人の「みらいずworks」で理事を務める”ひとみん”こと、角野仁美さんにお話を伺ってきました。
元々は学校の先生を目指していた角野さんですが、高校生の頃の経験をきっかけに、学校や先生だけじゃない教育との向き合い方を知り、現在のみらいずworksと出会うことに。
インタビューの中で、角野さんが学校・地域・家庭をつなぐ教育のコーディネーター的機能を果たす中で感じる、課題や期待感を伺ってきました。
次の世代に繋いでいきたい
ーひとみんはなぜ学校の先生を目指していたのでしょうか?
角野仁美さん:小学3年生の時、祖父から戦争の話を聞いたことがきっかけでした。空襲を受けたときの描写を聞いた時に「人間って、本当にそんなことするの!?」と衝撃でしたね。眠れなくなるくらい怖くて、その事実を受け入れられなくて。戦争について自分でも調べるようになりました。その中で、戦争の悲惨さはこれからの未来を生きる多くの人に伝えなければいけない、平和の大切さを伝える人になりたいと思ったんです。そうなると、学校の先生が1番いいのかなと考えるようになりました。
小学校の時は「先生になったら子どもたちに伝えたいことノート」をつくって、戦争のことはもちろん、それ以外のこともノートにいくつも書いていました。
ー小学生の頃に次世代へ目が向いていたってすごいですね!
角野仁美さん:もし、おじいちゃんのような戦争経験者がいなくなってしまったら・・・、と考えた記憶があるんです。そのくらい、戦争があった現実は衝撃的で、私だけで留めてはいけないと感じたんです。
去年、1ヶ月間ヨーロッパを旅してきた際に、小学生の時から行きたい(いかなければいけない)と思っていたアウシュビッツ収容所にも行ってきて、約70年前の戦争は「歴史」ではなく「現実」として起こったんだと強く実感してきました。
戦争が起こった事実を伝えることも大切ですが、「どうしたら平和な世界を実現できるのか」を、一人一人が深く考え、問い、行動していくための機会をつくる、そんな努力をすることが大切だと、改めて思いました。
ー先生って人に”勉強”を教えたいから目指すイメージがあるのですが、ひとみんは”勉強以外のこと”を伝えたいから先生になりたかったのですね。
角野仁美さん:逆に勉強を教えることは、苦手だろうと思っていました(笑)
世代を超えて、知恵や経験を手渡していく、その営みが家族の中だけでなく地域社会でも起こったらいいなと思っていたので、次世代へ「伝えること」がしたかったんです。
そう考えると、戦争の話を祖父から聞いた原体験が、現在の私のみらいずworksでの活動につながっているかもしれません。
当たり前を支えてくれている”社会”に恩返し
ーその経緯があった中で、実際に学校の先生ではなく今のような立場に辿り着いたのには、どんな流れがあったのでしょうか?
角野仁美さん:高校2年生の時に校長先生のお話で聞いた「将来は、みなさん社会に貢献できる人になってください」という言葉が、やけに心に引っかかったことが発端ですね。
その言葉を聞いて、まず最初は「社会ってなに??」と率直に疑問を感じたんです。
そして「あぁ、私が今過ごしている、この当たり前な日常を作り支えているのが”社会”なのか。ということは、私はこれまで16年間、親に育てられたと思っていたけど、実は”社会”にも育ててもらっていたの??え、ありがとう”社会”!!」と思ったんですよね(笑)
その”社会”に恩返しするために、どういうポジションで何をするべきだろうと考えた時、本当に先生という職業でいいのか、疑問を感じ始めたんです。
ーなるほど。印象強く残った校長先生の一言が、ひとみんに大きな気づきを与えたんですね?
角野仁美さん:実は1番大きな気づきを与えてくれたのは、高校2年の担任の先生でした。
学校の先生に興味を持っていた私に対して、「教育」を色々な角度から捉えるための問いや視点を投げかけてくださったり、放課後に先生が独自で開催していたキャリア教育の講座に誘って様々な大人との対話の機会をつくってくれたりしました。
本当に先生になりたいのか悶々としていた私に、教育を取り巻く課題や求められている現場は学校だけではないと気づかせてくれ、さらに新潟で新しく立ち上がった「みらいずworks」のことも紹介してくださったんです。
ーそこでみらいずworksと出会ったのですね。
角野仁美さん:先生という立場でなくても、子どもたちを取り巻く環境全体をより良くしようとしている人たちがいると知り、みらいずworksを立ち上げた2人に会いたくて、高校3年の夏にみらいずworksが運営するイベントに参加すべく新潟を訪れたんです。
そのイベントは、ファシリテーションを学校教育に取り入れて、生徒が主役になり、みんなで学び合う授業や学校づくりを考えることを目的としたセミナーでした。初めてファシリテーションに触れて、一人一人の存在が大切にされながら、お互いがフラットな関係で何かを生み出していくプロセスがすごくおもしろく、あたたかみを感じました。
これからの教育や社会をつくる為に大事な考え方やスキルだと感じ、子どもや学校と地域をつなぐコーディネートについて学びたい!ファシリテーターとして修行したい!と、思うようになりました。
そこからみらいずworksに携わるために新潟大学へ進学し、大学4年間インターンや学生スタッフとして沢山の現場に関わりました。NPOの立場から学校や地域へ関わり学びをどうつくるのか、ファシリテーションやキャリア教育など、まさに「教育コーディネーター」としての知見を実践的に深めることができました。
ー高校時代の担任の先生が、ひとみんの将来の可能性を広げてくれたんですね。
角野仁美さん:先生がいなければ、そのまま”学校の先生”になっていたと思います。
「教育=先生が学校の中で担うもの」という認識から、家庭や地域も含めて「人の育ちを支える環境整備が大切」という考えを持てたのは、大きかったですね。
先生が主催してくれたキャリア教育の講座をきっかけに、受験勉強の先で自分が何をしたいのか、どこに向かっていきたいのかを考えることができました。そして、みらいずworksとの出会いで、進路実現に必死になれる原動力が生まれたんじゃないかと。
自身の経験からも、10代の中高生の子たちは経験が少ないからこそ、「これだ!」って思ったときの突き進む力は大人よりも遥かにあると感じます。そんなエネルギーを注げるものに出会えることって、とても素敵なことだと思うんです。
私は、子どもたちが自分の「これだ!」に気づき、それに向かって一歩踏み出していけるような、学びの機会や環境づくりに取り組みたいんです。誰に言われるのではなく、自分を信じて、(周囲と関わりながらも)自分らしく歩み、学んでいく旅路を応援したいなと思っています。
探究学習のリアルな広がり
ー近年、学校教育でも探究学習が意識されていますよね。学校の風土が変わった実感はありますか?
角野仁美さん:先生方の意識は、この4〜5年で確実に変わっていると感じます。
今までは、生徒に知識を正確にたくさん伝えることが先生の役割だという認識が一般的でした。でも、探究学習の導入が進んできたことによって、「先生=生徒の学びを引き出す人」だという認識が少しずつ広まっています。自分で物事を考えて動いていける力が社会では求められているので、それに伴って教育も変えていかなければいけません。
今は多くの先生が、マイプロジェクトなどのプロジェクト学習や探究型の学びをどんどん取り入れるべきだという認識を持っていると思います。やり方が分かる人と分からない人、それぞれいますが、先生方の教育への向き合い方は変わりつつある気がします。
子どもたちの探究を進めるためには、先生方自身の視野を広げたり、マインドセットをほぐしていくことも必要ですよね。そのために、先生のキャリアパスを充実させたり、様々な業種の方が学校に関わったりすることが重要だと思うんです。私は教育者側の環境も、さらに充実させたいですし、学校・家庭・地域を繋ぐコーディネーターとして、これからも尽くしていきたいなと思っています。
社会と学校をつなぐには
ー教育業界でよく聞く「先生たちが学校外(社会)を知らない悩み」ってありますよね。ひとみん自身はどう感じていますか?
角野仁美さん:そう、私自身もそういう意味では、教育業界しか知らないんです。20代はずっとそれがコンプレックスで、他の業界で働いてみた方がいいのだろうかと悩んでいました。でも最近は、教育業界に軸足を置きつつも他業界の人と関わることができるので、完全に教育から離れなくても、方法はたくさんあるのかなと思い始めています。
代わりに、常に自分を未知の場所に置き続けたいという思いがずっとあります。よく一人旅に出るなど、やったことないこと全部に挑戦しよう!と積極的に動くようにしています。この間は、社会教育という視点から、地域での学びや関係をつくる場の在り方を再考しようという目的で、公民館をテーマにしたトークイベントを企画しました。コンビニと同じ数ある公民館が、効果的に活用されていないのは、もったいないですよね。時代に合った公民館の活用方法や、拠点の意義を問い直すことをしたいなと。
ーそのイベントは、ひとみんにとってどんなところが未知なのでしょうか?
角野仁美さん:公民館の意義を問い直すこと自体も未知なのですが、みらいずworksとは違う繋がりからイベントをつくっていることですかね。今回のイベントは、「公民館のしあさって」という本を読んで感銘を受けたことを、委員を拝命している社会教育委員会議で伝えたり、知人に紹介していたら、本のプロジェクトメンバーに繋いでもらったことが始まりでした。実際に新潟にゲストとしてお招きして、0からきっかけとなる場をつくったのですが、まさに私が公民館に抱いていたモヤモヤをさまざまな方と共に考えることができる大きな一歩でした。
今後は実験的にどこかの公民館とコラボレーションして新しいアクションを試してみたり、実際のイノベーションにつなげていきたいと思っています。
一人一人の生命力が問われる、これからの時代
ー学校の外から教育にアプローチしていく、学校・家庭・地域をつなぐコーディネーターとしての「みらいずworks」の働きって、効果が現れるのには時間がかかるものだと思うんです。やりがいを感じて、突き進み続けるのは簡単ではないと感じます。
角野仁美さん:そうですね。実際、教育は効果が出るまで20年かかると言われています。
でも、一つ一つの現場から感じる手応えもあるし、「ああ、これが見たかった景色かも」とグッとくる瞬間もたくさんあります。時間はかかっても、自分の志を信じ続けて、行動を起こし続けたいです。
同時に、志は問い続けなければいけないものだとも思っています。「社会に恩返しをして、次世代につなげる」という目標は揺るがないものですが、そのために何をするかは時代の変化とともに変わるものです。
一つの考えに固執することなく、柔軟性をもって熱を注げる人でありたいと思っているからこそ、たまに自分一人で自然の中に身を置いてとことん考える時間を設けたりしています。
ーひとみんが目指している教育とは何ですか?
角野仁美さん:人間の生命力を高めるような、「イキイキ(生き生き)」がキーワードだと思っています。
近年は、工業的なヒエラルキー組織ではなく、自律分散型の組織を作る傾向が強まっていますよね。そこに見えるように、会社も産業も、いかなる集合体も、一人一人の生命力が高まるような仕組みでないと、今の時代は成り立たないということだと思います。
そんな社会のために、学びもパラダイムシフトしていくべきで、今までの”知識をインプットするだけの学び”ではなく、何を言われても、何も言われなくても、”興味があることを追及していく「探究」による学び”ができる環境づくりを進めていきたいと考えています。
人間の生き生きさを育む教育ってなんだろう、そして学校・地域・家庭それぞれがどうなったらいいのだろう、と模索し続けないといけないですね。
そのような一人一人が輝く地域や教育現場をつくることを、私自身挑戦していきたいです。
- 角野 仁美さん
かくの ひとみ|NPO法人みらいずworks理事 / 認定キャリア教育コーディネーター
1994年生まれ。岐阜県立可児高等学校卒、新潟大学教育学部社会教育専攻卒。 高校時代に自らの志を確立するキャリア教育の機会に恵まれる。 「子どもを取り巻く環境を良くしていくことで、社会に恩返しをしたい」と志した高校3年生の夏にみらいずworksと出会い、新潟への進学を決意。大学4年間、みらいずworksでインターンや学生スタッフとして活動しながら、地元である岐阜県可児市の地域課題解決型キャリア教育の企画・運営に携わる。 現在は、中学生×地元企業を繋ぐ「課題解決型職場体験」のコーディネートや、県内高校の「総合的な探究の時間」カリキュラム設計やプログラム開発、高校と地域の協働体制確立の支援、NIIGATAマイプロジェクト★LABO事務局などを担当している。
NPO法人みらいずworks: https://miraisworks.com/
NIIGATAマイプロジェクト☆LABO: https://niigata-mypro-labo.com/
みらいずworksオープンカレッジ: https://miraisworks-open-college.studio.site/