今回お話を伺ったのは、村上市のパティスリー、HAPPY SUGARのオーナーパティシエールである、UCHICO(ウチコ)さんこと細野智子さん。
昨年8月に起きた村上市・関川村豪雨災害にて浸水被害に遭われた中、約8ヶ月間の店舗休業期間を経て、2023年4月にリニューアルオープンを果たされました。
ウチコさんが自分のお店を持つまでの修行時代や、お店を持ってからの女性ならではの苦悩、被災からの復興などを赤裸々にお話していただきました。
ケーキが宝石のように輝いていた
ーまず、どうしてパティシエになろうと思ったのでしょうか?
ウチコさん:実家が3代続く写真館を営んでおり、手に職をつけて働く生き方を身近に見てきたので、自然と自分もそうなりたいと思っていました。
進路を考える高校3年生のころ、ちょうどパティシエブームがきていたことと、元々お菓子や美術系のものを作るのが好きだったことも影響してか、お菓子屋さんになったら私もこんな綺麗なものを作れるのかなと考えるようになったんです。
当時は、”行きたい大学”よりも”なりたいもの”を探していたので、パティシエを目指すための進学をしようと思いました。大学に進学してほしい親からは反対されましたが、やりたいことがない大学で何年間も過ごすのは無駄だと押し切って、大阪の専門学校に進むことに。
ーそうして製菓業界に進んだのですね。
ウチコさん:はい。1年間学校に通って、その後就職しました。
パティシエを志すきっかけになった高木康政さんのお店に行った時、決して大きくはないお店の中で、宝石のようなケーキが輝きを放っていたことに衝撃を受けたことがあって。そうした芸術的なケーキに魅せられていたので、大手ではなく個人店へ就職しました。当時は就職氷河期で就活には苦労しましたけどね。たまたま奈良市にある新規オープン店と巡り合い、内定をいただくことができました。
どうやったらうまく作れるようになるか
ーそのお店で、どんなパティシエ生活を過ごしたのでしょう?
ウチコさん:それはもう、壮絶でしたよ(小声)
まず、採用が決まってから入社までの約半年、アルバイトとしてお店で働き始めたんです。平日にはもちろん学校があって、休日はどちらも出勤していたので、入社日までは1日も休み無し。さすがにしんどかったらしく、入社後すぐに精神面から体調を崩してしまい、1ヶ月お休みすることに。
しかも、オープン直前に店のシェフとオーナーが揉めて経営分裂し、結局入社したのは半年間アルバイトをした店とは別の店(笑)
面倒を見てくれてた上司や先輩方とは離れずにすんだのですが、作るケーキは別物になりました。もちろん、それも素晴らしいケーキでした!
当時は就労時間もすごく長かったので、体力的にも精神的にもキツくて脱落するように去ってゆく同僚もいたり、人間関係もまあまあ難しくて、、、
でも、お菓子作りは純粋にすごく面白かったので、とにかく上手になるために何でもやるって気持ちで働いていました。その気持ちが絶えることはなかったので、楽しかったです!そのまま8年間勤めて独立をしました。
ーすごくタフですね…地元を離れて就職した当時、誰かに悩みを相談したりすることはできていたのでしょうか?
ウチコさん:一度だけ母親に「何をしても怒られるし、どうしたらいいかわからない」と相談したことがあるんです。すると「自分はどうしたいの?」と聞かれ、そこで初めて自分への問いかけができていないことに気づかされました。
怒られないようにしているだけで自分の意志がないから、何をしても不安になるんですよね。それに気づいてからは、いろんなことが一気に楽に考えられるようになりました。自分の軸ができたことで、どんな状況でも頑張り続けられたんだと思います。
ーウチコさんの軸は、なんだったのでしょう?
ウチコさん:私は自分のことしか見えていませんから、「どうやったら上手くなるのだろう」それだけでしたね。
そのためには、どうしたら上司とうまくいくかを意識しました。当時は自分で仕事をとりに行く時代ですから、順番を待ってるだけではチャンスは来ません。なので、上司と「うまく」付き合っていかなければ、作業をさせてもらえないし、レシピも教えてもらえません。
モチベーションは常に「うまくなること」に置いて、そのための関係性を築くんです。
幸い、志が高い人ばかりの職場だったので、あの空間にいられたこと自体が財産にもなっている気がします。
どん底でも堪えられる場所
ー独立したきっかけは、なんだったのでしょうか?
ウチコさん:パティシエールになって5、6年経った時に、シェフが作るお菓子を100%で受け入れることはできなくなってきたんです。
自分の考えが出てくるようになったときに、そろそろ卒業するタイミングなのかなって思い始めました。でも、オーナーシェフの大変さを見ていると、自分にそれができるのか想像がつかず、ためらっていましたね。
ですが、ある時ふと、”自分なりに”ならできるかもと思えた瞬間があったんです。
それからは「2年後に独立する」と公言して、経営の勉強会に参加したり、店の構想を考えたり、後輩に業務を引き継いだりしました。
ーどうして奈良市や新潟市ではなく、地元に戻って開業したのでしょうか。
ウチコさん:開業準備中に聞いた「どんなお店も必ず苦しい時はある。苦しくてどん底でも、ここなら頑張ろうと思える場所を選んだほうがいい」という言葉が、強く印象に残っていたからです。
お客さんの目に留まりやすい場所、便利な場所もいいですが、「どん底でも、自分の気持ちが堪えていけそうな場所」と考えたら、やっぱり地元だったんですよね。
どうせ田舎なら、のどかなところが良いと探し歩いて、坂町駅前の更地だったこの場所を通りかかった時に、すごく爽やかで心地よい風が吹き込んでいると感じたんです。ただそれだけの理由でこの場所に決めましたね(笑)
女性の人生は、何かを諦めなくちゃいけないのか
ー20代後半から約13年間、お店の経営や女性としての人生、とても忙しい時間だったのではないでしょうか。
ウチコさん:そうですね。女性って、仕事を取るか、自分の人生を取るか、選ばなきゃいけないようなタイミングがありがちですよね。私自身はまだ修行したり、その道を極めていきたいと思っている、その一方で結婚やその先のことも意識していたり。
一度離婚をしたこともあり、いつまで経っても【どちらか】を選ぶことしかできないのではないかと悩み続けていましたね。
どう頑張っても、常に、やりたいこと同士がぶつかり合ってしまう感覚でした。
ー女性の人生に付きまとう混沌とした課題ですが、なにか変化するきっかけはあったのでしょうか。
ウチコさん:それこそ、「自分はどうしたいか」に立ち返ったんです。できるかできないかではなく、やりたいことをちゃんと認めるようにしました。私の場合は”お店もやり続けたい、結婚もしたい、子供も欲しい”でした。あれこれ考えて諦めようとしたりせずに自分の願望を認めていったら、それを尊重してくれるパートナーと出会うこともでき、子育てをしていくための方法も一緒に探ってくれて、今が人生で一番楽しいと思える時ですね。
たまたまなのかもしれないし、正しいかは分かりませんが、「自分はどうしたいの」と自分に問い続ければ、どんどん夢がカタチになっていくように感じています。
ゼロになったので、前に進むしかない
ーウチコさんは昨年の水害でお店と自宅が被害に遭われたそうですが、この1年は復興に奔走したのではないでしょうか?
ウチコさん:家もお店も床上浸水。お店にあるオーブンやら冷蔵庫やらはほとんどダメになってしまい、侵入してきた水によって床板の裏までもとにかく汚泥がすごくて。片付け作業や保険の確認やらで、この地域の方々はみんな本当に大変でしたね。兄弟、家族、友人、たくさんの方達に助けてもらいました。
ーそんな中、HAPPY SUGARは約8ヶ月後に見事にお店の全面リニューアルを遂げましたね。
ウチコさん:水害に遭う少し前から、どこかお店が窮屈に感じていたんです。13年前と今では、積んできた経験や感じることなどが異なりますからね。正直、小さな靴を履いてるようで、違う靴に履き替えたらどこまでも行けるのに、という感覚でした。
そんな時に災害が起きたので、ただ復旧するのではなく今までやりたかったことを全部詰め込んで新しい形にしたいと思ったんです。
災害が起きてしまったら、全力で復旧しても元の80%にしかなりませんからね。
ついでにお店のコンセプト『大切な方へ贈るためのお菓子』はそのままに、オーガニックや豊かな素材を使用し全体的なグレードアップを図りました。
ー新しくなった現在のお店には、ウチコさんのやりたかったことが詰まっているのですね。
ウチコさん:でも、自分たちの力だけではやりたいことを形にできなかったので、プロの力をたくさんお借りしました。
災害の復旧作業に追われる中で、多くの出会いもあったんです。兄たちの紹介でデザイナーさんなど、普段なら情報交換する機会もそうそうないような方々と出会うことができ、自分の中の”なんとなくのイメージ”を全てクリアにしていただきました。
出来上がりを目にしたときに、「そうそう!これが欲しかったんだ!」って。プロが入ることによるクオリティーの違いを実感しました。
自分は、あなたは、何がしたいのか
ーウチコさんの人生の切り拓き方は話を聞いていて爽快感があります。
ウチコさん:全然そんなことないですよ!いつも答えを出せなくて悩んでいます。一緒に働いているスタッフに「やりたいことをしたらいいのでは?」といつも背中を押してもらって(笑)
指針を決めたら真っ直ぐに突き進めるのですが、決めるまでが長くてね。いつもいろんな人に支えてもらっています。
ーこれからの道に悩んでいる人に向けて、どんなメッセージを伝えたいですか?
ウチコさん:とにかく自分の好きとか、やりたいことを自分自身で認めてあげてほしいです。
すぐに行動できなくてもいいし、好きなことが今はない人も、ない今を認めてあげてほしい。唯一無二の自分の感覚の部分まで知らない誰かに合わせてしまうと、周りに流されて、正解を求めて、逆にどこに進めばいいかわからなくなってしまいます。
いざ心揺さぶられるものに出会った時に、素直に動けるように、自分の気持ちや感情を大事にする癖をつけておいたらいいなと思っています。
- 細野智子さん
ほその ともこ|パティシエール・経営者
1983年、村上市出身。高校卒業後、大阪の製菓専門学校へ進学し、そのまま奈良県のパティスリーに就職。8年間の経験を得て、地元である村上市旧荒川町にて【HAPPY SUGAR】をオープン。13年目となる2022年8月、豪雨災害にて浸水被害に遭ったことを機に、2023年4月にリニューアルオープンした。
【HAPPY SUGAR】
〒959-3132 新潟県村上市坂町2395-1
営業時間 10:00~18:00
定休日 日曜・月曜・火曜(イベント時のみ日曜日営業)
HAPPY SUGAR公式HP:https://happy-sugar.shop/
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