【後継ぎ】人情のまち村上の成人式に振袖を!呉服屋を継いだ武者将由さんの信念を聞く

1月。それは新潟がとても深い雪に覆われる時期。すっかり葉が落ちてしまった木の枝が、降ったばかりの雪を纏う姿は、満開の桜よりも美しく感じます。しかし、この気候に合わせて成人式を夏に開催している市町村が新潟には多くあります。

武者呉服店がある村上市も『夏の成人式』を開催する地域の1つ。夏に開催されるということもあり、振袖を纏った人の姿はありません。

人生の大きな節目である成人式。なのに、日本の正装である振袖がまちを彩っておらず、どことなく飾り気がない。
そんな村上市の成人式を変えるべく、『振袖浴衣』というスタイルを考案し、販売やレンタルに乗り出しているのが武者呉服店です。

今回は“まちの呉服屋さん”の姿を残しつつも、“新しいこと”にも挑戦する武者呉服店の3代目、武者将由さんに取材をしました。

「店を継ぐことなんて全く考えていなかった」という武者さんが、なぜ呉服店を継ぐことにしたのか。
その裏側について語っていただきました。

家業を継承するか悩んでいる方や、新しい事業に乗り出そうとしている方に勇気を与える内容が詰まっています!

 

武者呉服店が提供する『振袖浴衣』とは

振袖姿の女性

ー武者呉服店が昨年から売り出す『振袖浴衣』とはどんなものなのでしょうか?

武者将由さん:『振袖浴衣』とは上質な浴衣生地で作られた振袖のことです。一般的には、振袖は絹で作られ、小物なども沢山合わせていくので豪華絢爛。一方、浴衣は綿や麻などで作られているため、軽く涼しく、夏らしい華やかさがあります。この両者の特徴を、『夏の成人式』向けに掛け合わせたのが振袖浴衣です。

振袖浴衣の生地は、綿や麻を使用しています。袖は振袖と同じ長さで、帯もアレンジしやすい長めの帯を使います。『夏の成人式』に着用後、袖をお直しすることで、その後も浴衣として長く愛用することができます

 

ー振袖浴衣を始める前は、どのようなお店経営をされていたのですか。

武者将由さん:私は、7年前に関東から地元にUターンをし、実家の店を継ぎました。継いだ当初は、婦人服や下着、エプロンをメインに販売しており、着物はほとんど取り扱っていませんでした。

しかし、私は家業を継ぐにあたって「着物の修復(悉皆業)をする」という明確な意志があったので、店としてはほとんど辞めてしまっていた着物の取り扱いを再起するところから始まりました。

武者さんの家族写真

ーなぜ着物の修復(悉皆業)がしたかったのでしょうか。

武者将由さん:私は新卒から実家に戻るまでの間、全国展開している大手呉服チェーン店で働いていました。
2011年の東日本大震災直後、宮城県の店舗に店長として赴任したことがあります。
当時は、津波の被害がまだ生々しく残っていて、道端に船があったり、川の真ん中に家があるという状況。被害の甚大なエリアはひと気もなく、1階部分が崩壊した家などが立ち並んで、異臭が漂っていました。

そんな地域で着物を売るなんて、無神経なことをしているようで、どことなく罪悪感を抱きながら赴任したんです。そして働き始めると、「海水に浸かってしまった大事な着物を直してほしい」というお客様からの依頼がいくつも入りました。
今まで私が見たこともないような酷い状態のものばかりでしたが、お客様の要望になんとか答えたくて、対応できる業者さんがいないか何軒も探しました。そして、なんとか元のお色や状態を復元させることができたんです

元通りになった着物を受け取ったお客様は、涙を流して喜んでくれました。その時の経験が、実家の後継をしてからも「着物の修復(悉皆業)がしたい」という強い意志に繋がっています。

 

ー現在は、着物の修復(悉皆業)と振袖浴衣をどのような割合でサービス展開されているのでしょうか。

武者将由さん:メインはやはり着物の販売や悉皆業ですね。まだまだ振袖浴衣はサブの立ち位置で展開しています。ここ数年はCMもインターネットも「着物」という言葉の後には、「買取」と続くことが多いですよね。そんな中でも、武者呉服店は「着物は何度でも蘇る」というキャッチフレーズで推し出しています。絹は髪の毛とよく似ていますので、綺麗に正しくケアをすれば元の質感で再び美しく輝きます。売ってしまうことも1つの選択ですが、思い入れのある大切な物は長く残していきませんかと提案することも重要としています。

着物を染め直すビフォーとアフター

ーそんな中、どうして振袖浴衣を展開することになったのでしょうか。

武者将由さん:前職では、私の担当する店舗が社内1位の振袖販売実績を出していたんです。振袖を選ぶことって、お嬢様はもちろん、お父様、お母様、ご家族にとっても大きな節目であって、とても気合が入ることなんですよね。

関東では、そんな人生の大切なワンシーンを身近で見てきたけど、村上市は成人式が夏に開催されるため、振袖を着るという文化がない。夏の成人式は、パーティドレスがほとんどで、残りの少数も振袖ではなく一般的な浴衣を着用していました。
そんな地元に、“成人式は振袖選びから楽しみ、当日は晴れ着で最高の思い出を残す”というプランを提供したいと思ったんです。

それから、どうやったら夏の成人式で振袖が提供できるのか、生地の素材や価格プランを考えることに奔走しました。コロナ禍でオンラインが普及したことは、全国のいろんな業者さんとスムーズにやりとりすることの後ろ支えとなりました。

そうやって考案した『振袖浴衣』を積極的に発信して全国に広めていきたいです。夏用振袖ではなく浴衣をベースにした振袖にすることで、その後の人生も共に思い出を刻んでいけるパートナーのような存在になりうると思っています。

着物姿で川沿いに立つ女性

家業を継ぐ覚悟を決めたきっかけとは

ー家業を継ぐことは元々意識していたのでしょうか。

武者将由さん:学生時代は全然。地元に戻ってくるとも、着物を仕事にするとも思ってなかったです。しかし、社会人として色々な経験を積むうちに少しずつ家業を継ぎたいと思うようになりました。
私は小さい頃から大学2年までずっとバスケに熱中していました。しかし社会を意識しだした頃、バスケに生活が偏りすぎていることが不安になり、思い切って辞めることにしました。そしてアパレル販売のアルバイトを始めて接客販売の楽しさに気付きました。

しかし当時は就職氷河期で、私が通っていた大学の約7割の就活生が冬までに内定をもらえない時代。
そんな時代に、アパレルの大手ばかりを受けていて、当然就活が難航していた私は「そういえば、うちの店は元々着物を売っていたな」と思い、大手呉服チェーン店の選考を受けてみたんです。すると、履歴書に書いた「実家が呉服屋」という言葉が人事の目にとまり、早々に2社から内定をいただくことができました。

就職氷河期に内定をいただけたことはとてもラッキーでしたが、就職後は大変でした。実家で着物を扱っていても私自身は触ったこともなくて、まるで無知。さらに現在取り扱っているのは婦人服。そんな実情とは反対に「呉服屋の息子」という呼び名だけが先走りして、周囲から期待の視線を向けられていました。
だから就職してからの数年はプライベートなんてほぼ無かったくらい、がむしゃらに着物のことを勉強して、仕事ばかりしていました。

武者さんとお店ではたらく社員たち

ー着物を知らないことの悔しさや焦りから、仕事中心の生活を自ら作り上げたということでしょうか。

武者将由さん:そうですね。あまりにも何も知らないことが悔しくて、勉強するうちに仕事にのめり込んでいったんです。次第に、お店の運営に対して提案したいことや課題も見えるようになりました。そして主体的に動き回るうちに、当時最年少で店長に就任しました。気がつくと休日でも電話が鳴り続け、結局オフを楽しまずについ仕事をしてしまう生活になっていました。お陰でプライベートの月日は無駄にしましたが、着物のことや経営のことが身に着いたので、今となってはそれも正解だったのだろうと思います。

 

地元だからこそできること

ーいつ頃から地元に戻ろうと意識していたのでしょうか。

武者将由さん:大学から関東に出ましたが、わりとすぐに新潟の良さに気付きました。長期休みの帰省期間が終わり、関東に戻る道中はいつも名残惜しさを感じていました。

関東に戻っちゃえば普通にシティ生活を楽しんでいる自分がいるんですけどね(笑)
“大好きな地元”なのに“帰る場所”ではない感じが、当時は少し嫌だったのかもしれません。心のどこかで帰りたいと思ってたのかな。

だから、内定をいただいた2社のどちらに承諾するか選ぶ際、新潟県内の店舗数を比較させていただきました。将来新潟に帰ることを意識した選択でしたね。

 

ー実際にUターンして、どんなところにメリットやデメリットを感じましたか。

武者将由さん:デメリットはないですね。強いていうならば、僕が親しかった友人はほとんど地元を離れていたので、会える友人が当初は少なかったことです。しかし、「呉服屋を継いだ」ということが話のネタとなり、田舎だからこそ“知り合いの知り合い”などから人脈があっという間に広がっていきました。結果的に、Uターン後に新しい仲間が増えたので、これもデメリットではなく、むしろメリットですね。

武者さんの友達や仲間たち

加えて、経営の視点でメリットを挙げるとすると、“埋もれにくい”ことですね。都会にいると新しいことへの挑戦も埋もれがちで、注目を集めることが難しいと思います。田舎だからこそ、地元だからこそ、新しい挑戦に注目してもらえますし、たくさん応援してもらえます

例えば、地元の美容室や飲食店に振袖浴衣のことや自分の想いを説明し、「フライヤー置かせてください」とお願いすると、本当にたくさんの方が応援してくれます。その方々は、ただお店にフライヤーを置くだけではなく、お客様の目につきやすいところに置いてくれたり、興味を持ってくださったお客様には説明までしてくれたりもします。それがどんどん広がって、人と人との繋がりで応援してくれる人やお店が増えていったんです。繋がりや応援を身近に感じられることは、田舎で商売をする1番のメリットだと思います。

 

ー今後の展望や、想いを聞かせてください!

武者将由さん:今後も既存のお客さまを大切にしつつ、新しいことにもどんどん挑戦していきたいと思っています。特に『振袖浴衣』は新しいサービスなので、どうお客様に周知していただいて、利用していただくか、いろんな仕掛けを作って挑戦し続けたいですね。
そして、地域を巻き込むことが大事だとも考えています。
実際に今、村上市の美容師さんやフリーフォトグラファーとのコラボイベントなども展開しております。周囲を巻き込むからには、やっぱり後悔させないように、ちゃんとやりたいと思っています。

そもそも私は、就職してから着物を学んだので、元々着物が好きでこの世界に入った人間ではありません。
宮城県に赴任した当初などは“着物を売ること”自体に疑問を抱いていました。
でも、『着物の修復(悉皆業)』と『振袖浴衣』という軸を見出し、いま、大好きな地元で着物の世界に没頭しています。そうやって、自分の軸となるものに巡り合えることって、とても幸せなことだと思います。
だから、周りの人やこの地元に感謝をして、もっと周りを巻き込んで挑戦し続けたいです。

和風な家の前に立つ着物姿の女性

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今回は、武者呉服店の3代目である武者将由さんにお話を伺いました。

人情のまちとして昔からの風情が残る村上。
蝉の音が元気に響く夏の成人式。振袖浴衣を纏った新成人の姿で、このまちが華やぐ光景を見れる、そんな未来がとにかく待ち遠しいです。

niigatabaseでは、新潟でハートフルに輝く人を紹介していきます。
新潟で暮らす人も、県外に暮らす人も、自分らしく豊かな人生のヒントを見つけてみてください

武者将由さん
むしゃ まさよし|店長


1988年生まれ。大学卒業後、新卒採用で大手呉服店へ入社。店長として店舗運営を経験したのち、2014年に実家である武者呉服店に転職する。現在は、武者呉服店の店長として着物の販売、お手入れやお直し(悉皆)を主に展開している。2021年から『振袖浴衣』の販売やレンタルを開始し、村上市内の他の事業者などと共にさまざまなイベントなどを開催中。

武者呉服店HP:http://m-musha.pupu.jp/

 

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