「これは大変だぞ」小熊文子さん創業114年の写真館を継ぐ覚悟とは

小熊文子さんサムネイル

30年続いたら老舗と言われる中で、114年続く家業を継ぐことってどれだけ凄いことなのでしょう。

大抵の方がそうでしょうが、わたしはそのような境遇に立ったことがないので、明治時代から続く事業を継承することの重みや凄みは想像もつきません。

今回は、上越市高田のまちで明治時代から4代続いている小熊写真館の次期代表であり、わたしと同年代のフォトグラファー小熊文子さんにお話を伺ってきました。
歴史ある写真館を継ぐ覚悟をした小熊さん。Uターンして約2年、今の胸のうちにある素直な声と家族への想いを伺ってきました。

 

上越市にある小熊写真館とは

小熊写真館の旧館

上越市高田にある小熊写真館は、創業114年を迎えた老舗写真館です。初代小熊和助さんが、高田の町に陸軍師団が置かれると決まった頃に、柏崎から分家してこの地に店を構えました。以来、軍御用達の写真館として信用を築き、今日まで地域の人から親しまれてきました。

明治期に建てられた小熊写真館の初代建物は、当時まだ人工照明がない時代だったことから天窓を設置し、そこから入り込む自然光をコントロールして撮影に用いました。
現在は明治時代の建物を集めたテーマパーク「(愛知県)博物館明治村」に移築・保存されています。

現小熊写真館は移築後に建てられ、風見鶏のある時計台とレンガ造りの建物がまちの人から親しまれるなか、代表の小熊貞良さんと、東京からUターンされた娘の小熊文子さんで営まれています。
小熊写真館公式HP:https://www.studio-oguma.com/

 

生まれ育った小熊写真館と、デコボコな両親

小熊文子さんの実家である小熊写真館

ー114年の歴史ある写真館で育った小熊さんですが、幼少期と今でそれぞれその歴史をどう感じているのでしょうか。

小熊文子さん:小さい頃は、人から「写真屋さんのお嬢さん」と言われたり、自宅兼写真館を「ミニーちゃんのおうちみたい」とまちの人が親しんでくれることを、なんだか気恥ずかしく思っていました。

誇れるようになったのは、Uターンしてからの最近かもしれません。一度、地元を離れたからこそ、祖父母や両親が大変な想いをして繋いできた歴史なんだとわかりました

特に初代の小熊写真館の建物は、創業者である曽祖父が構造からデザインまで全て自分で設計したものでした。携帯やインターネットがない時代に、外国の写真や資料を見て学び設計までしたという事実には感服します。しかも、それは曽祖父が27歳くらいの時の話です。私が現在29歳であることを考えると、昔の人って本当にすごいなと思います。

 

ー今は、ご両親と一緒に写真館を経営されているそうですが、こちらも幼少期と今ではどんなことを感じていますか。

小熊文子さん:母は元々地元企業の事務をしていて、カメラマンとしての専門知識はないのですが、意見を言うスキルは高いです(笑)よく父や私の撮影手法に口を出してきて、昔も今も変わらずに辛口評論家のような存在ですね。一応、有難いと思って受け止めています。

父は昔から威厳や貫禄が一切ないんです。団塊世代に生まれたはずなのに、昭和のお父さん感はゼロです(笑)基本的に、人から何か言われても耐える性格なので、うちの両親はかなり極端なデコボコ夫婦なんです。娘ながら、よくやっているなと思いますね(笑)

小熊貞良さん

 

ーカメラマンとしてのお父様をどう思っていますか。

小熊文子さん:カメラマンとしてもうちの父はやっぱりこの性格なんですよね。角を立てずに、雰囲気もなく、いつもすーっといる、という感じ(笑)実は私の父、養子縁組で小熊家にきたそうなんです。なので、写真館の息子だぞ!カメラマンになるぞ!と言うわけではなく人生の歯車の噛み合わせで、小熊写真館の後継ぎになったわけです。

当時は今と違ってフイルムカメラの時代です。暗室で白黒写真のプリント作業もありましたし、早朝から深夜まで目の回るような忙しさだったそうです。

祖父母は当時、コンクールに応募して賞をいただいたり、そのおかげで遠くへ講演に出かけたりすることが多く、業界の中でも精力的に活動していたみたいです。祖父母が店を不在にすることが多かったその陰で、父は朝から晩まで店の実務をがむしゃらに頑張っていました。

普通は嫌になると思うのですが、広い心で周りの全ての人を愛せる、すごい人なんです。どんなに大変でも、弱音も吐かず、自分の置かれた場所で 「なるようになるよ〜」と生きてきて今に至ったのではないかと思います。

なので、父と一緒に仕事をしていると”カメラマン”と言うより、”サービスマン”だなと感じることがよくあります。自分の損得勘定は一切なしで、お客様に気持ちよく帰っていただくことだけを考えられるところは、見習いたい姿ですね。

父のサービスに喜んでくださり、20年くらい写真を撮らせ続けてくださっているお客様もいるので、その人柄は本当にすごい部分です。

 

私がやらなきゃいけないしな

ー跡を継ごうとはいつ頃から意識し出したのですか。

小熊文子さん:私は2人姉妹の長女なんですけど、妹は昔から興味がなさそうで、継ぐなら私という雰囲気があったんです。私も、進路選択の際に「小熊写真館がなくなるのはイヤだし」と思って、フワッとした気持ちではありましたが写真学科のある大学を選択しました。幼い頃から絵を描くのが好きだったり、割とクリエイティブなことに興味はあったので、写真に対しても前向きな気持ちでした。

また、うちは父が高齢なので、全く別の業種にいってから写真の道に入るような遠回りはできないと考えていたんです。大学で撮影技術を学んで、他の撮影会社で数年修行をして、いつ引き継ぐかはわからないけど、最短経路でスタンバイはしておく必要があるとは思っていました。

 

ー10代の頃から、そこまでしっかりと先を見越していたんですね。

小熊文子さん:どうでしょう。実際にUターンしてみてようやく継ぐことを実感し、「えらいことだな」と感じるときもあります。なので、当時の私がどんなに先読みしようとしても、本当の覚悟なんてできなかっただろうと思います。そもそも「継ぐ覚悟」がどんなものなのか、今でもあまり分かっていませんから。

それでも、いま毎日楽しく働けているので、「なんとかなるだろう」と考えているところはありますね

 

自分が1人前なのかは、わからない

東京時代の小熊文子さん

ー東京の写真スタジオで修行していた頃は、どんな働き方をしていたのでしょうか。

小熊文子さん:私は大学4年生の時にアルバイトで入った会社にそのまま就職しました。大手百貨店に入っている呉服屋さん近くに店舗を構えており、呉服屋さんで衣装を借りて成人式の前撮りをされたり、名門学校のお受験のために撮影されたりするお客様が多くいらっしゃいました。

いわゆるブラック企業のように業務が山積みで帰れなかったわけではないのですが、残業時間は多かったですね。

私たちフォトグラファーの仕事って、自分がゴールと思えるかどうかの終着点なので、こだわればこだわるほど1枚に作業時間を費やしてしまいます。自分のプライドと限られた時間との勝負で、経験がないうちはこのバランスが難しくてたくさん残業してましたね。

 

ーそんなシビアな環境で、1番鍛えられたと感じる部分はどんなところですか。

小熊文子さん:それはコミュニケーションスキルですね。都会のど真ん中にある写真館だったので、いろんなお客様から分刻みで予約が入っていました。そうなると出会ってすぐに撮影することになるので、限られた時間の中でお客様と距離を縮めたり、お子さんをあやしたりしなくてなりません。まだまだ私もそのスキルが完璧に身についたわけではないですが、多くのパターンを見たり実践して学ぶことができたので、そこは1番役立っていることだと思います。

そして写真館で働いてみてわかったことがもう一つあります。お客様は、ただ単に写真を残すためだけではなく、その店での撮影を通して生まれる“素敵な時間”を過ごすことに、価値を感じて来てくださっているんだということです。写真の技術はもちろんですが、接客や細かなサービスの部分の安心感・信頼を含めて、決して安くはないお金を払ってくださっているということを感じました。ここに来てよかったと思っていただけるように、全てにおいてお客様ファーストの仕事をしなくてはならないという心構えは、この仕事を続けていく限り一番大切にしていきたいことです。

 

ーUターンのタイミングはどのように決めたのですか。

小熊文子さん:元々親とは3〜5年は修行した方がいいんじゃないかと話していたんです。そして5年が経ち、「そろそろ、、」と言われていたんですが、私自身はまだまだ自分が一人前だとは思えなくて、「まだ学び足りない」と言っていたんです。しかしそんな中、実家で働いてくれていた方から退職の申し出があったそうで、「それなら戻ろう」と決心しかけたと同時にコロナが蔓延し始めました。

だから、最初は後ろ髪引かれる想いでしたが、コロナの蔓延と共に東京での生活を終わりにさせる決心が固まったような形ですね。

 

加工じゃ真似できない、本物を撮りたい

現在の小熊文子さん

 

ー最近は携帯で撮った写真をSNSで素敵に見せている方も多いですし、「技術とはなんぞや」と素人目には感じる時があります。プロから見た、プロとアマチュアとの違いとはなんですか。

小熊文子さん:そうですよね。プロとアマチュアの境界とは?と問われると、「お金をいただいているか、いないか」でしかないと思うんです。そしてフォトグラファーを名乗るのには学校の卒業も、国家資格もいりません。今って見たままを綺麗に撮るのは誰にでもできる時代になりましたよね。もはや明るく背景をぼかして撮れる=プロフェッショナルの仕事、では通用しません。私もまだまだ勉強中の身ですが、光をコントロールする技術を使いこなしているのがプロだと思うんです。

わかりやすく言うと、太陽の日差しがカンカン照りの下で撮影しなくてはいけない時、プロはどうやって強すぎる日差しを綺麗な光に変えられるか試行錯誤します。アマチュアの方はそのまま撮影して後から編集加工していたりするのをSNSではよく見かけます。

だから悪いという話ではないですが、そういったところがプロとアマチュアとの技術的な違いではないでしょうか。

写真の明るさの話を例に出しましたが、結局なぜ光をコントロールするかというと、(写真は光がないと写らないので当たり前なんですが、)美しさを表現するために必要不可欠だからです。撮影する被写体のどの部分に着目して、その美しさをどう表現するかの方向性をデザインする力・それを写真の中に写しこむ技術。後処理で間に合わせるのではなく、撮影の時点で両方をしっかりできないとフォトグラファーとして胸を張れない、と、実家に戻ってきて色んな撮影を経験していく中で思いました。といっても、プロが見たらその差は歴然ですが、専門でない方は違いがわからなかったりするのが現状ですが。。

 

ーそれをいかに差別化していくかが課題のようにも感じます。

小熊文子さん:まさにそうですね。1度撮らせてもらえたら良さを分かっていただける自信があるのですが、「写真館の写真って堅苦しいしダサいよね」となかなか距離を縮められないお客様もいたりします。初代から守ってきた写真館らしい写真はこれからも極めていきたいですが、小熊写真館の写真はそのワンパターンだけ、というふうにはなりたくない

「THE 写真館」な写真は、人生の節目の日の、その人のお顔立ちや、肌の質感、瞳のきらめきを切り取ることに重きを置いて撮っています。そういう写真はずっしりと存在感があるので、何気なく部屋に飾るというより、きちんとしたアルバムに貼られて、堂々と鎮座している写真。それはそれでいいし、歳をとっていくほど宝物になります。

一方で自分自身も、写真主体のSNSがどんどん盛り上がっていく中で20代を過ごしてきたので、SNSに載せても圧迫感のない、力の抜けた写真がほしい同世代の人の気持ちもとってもよくわかります。プリントして飾ってあっても部屋に溶け込んでいくような、何気ない写真を撮るのも好きです。いろんな写真が撮れるんだよ、ということを、新しい撮影プランの提案を通してアピールしたいですね。例えば気軽に来られる撮影会を定期的にしてみたり。いろんなテイストの撮影で、店の魅力を伝えたいです。

写真館というところに敷居が高いと感じているような方にも気軽に利用してもらえるような仕組みを作っていくことが大切だと考えています。

今年に入ってからは、地域のイベントにも参加して撮影会を開催したんです。すると、その時マタニティフォトを撮ってくださったお客様が、数ヶ月後に生後100日記念で撮影にいらしてくださるといった嬉しい出会いもありました。こんな感じで、手探りではありますが、積極的にチャレンジはしていきたいと考えています!

 

***

 

今回は小熊写真館の次期代表、小熊文子さんにお話を伺ってきました。老舗写真館を継ぐことはどれだけの覚悟なのか、そこに少しでも触れるべくお話を伺いましたが、小熊さんから感じたのは他でもなく“家族に対する愛情と尊敬”でした。

「家族がいるから大丈夫」という安心感は、何も語らずとも伝わってきたような気がします。

きっとデコボコな夫婦の絶妙にバランスの取れた愛情のもと、小熊写真館の伝統は繋がれており、さらにこれからも文子さんによって逞しく受け継がれていくのだろうなと、そんなことを感じた取材でした。

 

小熊文子さん
おぐま ふみこ|フォトグラファー


1992年生まれ。上越市高田出身。高校卒業後、東京の大学を経て、そのまま都内の老舗写真スタジオに就職。2020年、実家である小熊写真館を継ぐために地元へUターンし、現在は父親と写真館を営んでいる。
小熊写真館公式HP:https://www.studio-oguma.com/

 

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