ここにしかない本物を繋いでいきたい!『新し屋酒店』4代目の塚本聖太さんに聞く、家業後継への想い

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今回は、新潟市亀田にある老舗酒屋『新し屋酒店』の専務取締役、塚本聖太さんにお話を伺ってきました。

大学を卒業後、東京の酒類総合卸とフランスで経験を積み、約4年前に家業へ入られた塚本さん。
現在は3代目で店主の父、重文さんと共にお店を経営されています。

この記事では、塚本さんが家業を継承すると考える前の話から、実際にUターンして家業に入るまでの具体的なお話をご紹介します。

いつかは継ぐ、その時のための選択をしてきた

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ー亀田の老舗酒屋「新し屋酒店」の長男として生まれた塚本さんですが、お店を継ぐという意識が明確になったのはいつごろだったのでしょうか?

塚本聖太さん:何かこれといった出来事があったわけではないので、継ぐと決めた時期ははっきりしていませんね。両親にお店を継ぐように言われたことはなかったのですが、小さい頃から地元の方に「酒屋の長男」と呼ばれることが多く、なんとなく意識していたのだと思います。

高校3年の頃には「継いでもいいかな」くらいに思っていましたね。そのため、経済や経営のことを学ぶために、大学では理系から文転して経営学部へ進学しました。

 

ー明確ではないけど、”いつかは継ぐかもしれない”という考えのもとで進路を選択していったのですね。

塚本聖太さん:そうですね。大学生、社会人、と大人になるにつれて、3代続いている「新し屋酒店」の歴史的価値もわかるようになりました。弟たちが継ぐ気配もなかったので、自分が継がなかったら店が終わってしまうと思いましたし、店をたたませてまで他にやりたいこともなく、ごく自然と継ぐ決心がついていったように思います。

また、東京にいた頃、父が仕事で東京に来ると、一緒に卸先のお店で食事させてもらうことがありました。お酒を飲み交わしながらも、父の姿を見るうちに、あとを継ぐことに対して真剣に考えるようになっていったのかもしれません。

 

トップセールスマンの先に据えた目標値

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ー新卒時は、家業ではなく東京の酒類総合卸の会社に入社されていますが、これはいわゆる”修行”のように、まずは外で経験を積む考えからでしょうか?

塚本聖太さん:そうです。最初は酒蔵で経験を積んでから家業に入ったらどうかと言われたりもしたんですが、僕としてはまずはもっと広い視点で学びたいという思いが強く、東京の酒類総合卸の会社に入社しました。東京は日本で1番大きな市場ですし、業界や市場のことを広く知りたいという考えには最適な環境でした。

会社の面接時にもそれは正直に伝えていて、「家業を継ごうと思っているので、3年後には辞めます!」と宣言していたんです。

 

ー面接時にそういった宣言をしたこと、入社後にはどんな影響がありましたか?

塚本聖太さん:上司に自分の働く目的や目標値を理解してもらった状態で入社できたことは、結果的にかなり良い意味で影響していたと思います。

上司や周囲からは、いちセールスマンではなく経営的目線で指導していただけていました。「経営者になるなら、ここまで見ていないといけないよ」と声をかけられることもあり、私自身の身も引き締まりましたし、本当に有意義な時間を過ごさせてもらったと思っています。

 

ーセールスマンとしての成績は常にトップクラスだったそうですね!当時からセールスをする上で心がけていたことはなんでしょうか?

塚本聖太さん:セールスマンとして、当時は新規・既存合わせて100〜120件ほどのお客様を担当させていただいていました。お店にどんなラインナップのお酒を取り揃えるか、提案型の営業をしていました。

今もまだまだですが、当時は経験も知識も足りない頃です。なので、売りっぱなしにせずお客さまに寄り添い、その先の消費者様までを想定して提案するよう心がけていました。

当然、会社員として「今はこの商品の売上を増やしたい」といった事情はあるのですが、まず第一にお客さまの満足度を優先することを忘れずにいようと思っていましたね。これは、今でも心がけていることです。

 

ホンモノの知識と経験を得るために

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ー前職時代にワインソムリエ資格を取得されていますが、セールス方針などもワインに特化していたのでしょうか?

塚本聖太さん:会社は総合卸会社なので、お酒全てのジャンルを取り扱っていました。なかでも、社員にワインの知識を習得させることには力が入っていて、入社前からワインの研修があったり、入社初年度では会社が費用を負担してワインソムリエの試験を受けるんです。

営業の半数近くが資格を取得していましたし、1年目で合格しなければ2年目以降は実費で受験することが主流だったので、真剣に試験対策をして、合格をいただきました。
でも、入社1年目で知識や経験の浅さから悔しい思いもしていたので、会社の方針に関わらず学べる機会は設けていただろうと思います。むしろ会社が機会を提供してくれて有り難かったですね。

 

ー悔しい思いとは?

塚本聖太さん:前任から引き継いだ取引先の中で、トップクラスの大口のお客様からの契約を絶たれてしまったことですね。

その理由には、前任以前からの流れなど諸々の事情はあったのですが、最終的には私自身の知識や経験の未熟さによって、他社との競争に敗れてしまったような形でした。

その時の悔しさや不甲斐なさが、ワインソムリエの勉強への闘志になりましたし、ワインの本場であるフランスへの留学もその時点で決心しました。

 

ーワインの本場へ留学することは、「新し屋酒店」の経営を見据えた選択でもあったのでしょうか?

塚本聖太さん:そうですね。いずれ新潟に戻ることを考えた時に、新潟は日本酒の本場ですから、日本酒の知識や経験の積みやすさはあるだろうと思いました。

しかし、差別化を図るためにも他の武器を得たい気持ちがあって。
新潟にもワインや日本酒に詳しい方はたくさんいますが、どちらもの知識をそれぞれ本場から学んできた人はそういないだろうし、「二刀流」を名乗れたら、何よりも自分自身が面白いんじゃないかなと思ったんです。

 

ワインの本場で「やるしかない!」

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ーその後にフランスでミシュラン1つ星を獲得した「あい田」で修行させてもらえることになりましたね。実際に修行中はどんな過ごし方をされていたんですか?

塚本聖太さん:留学前は、まず語学学校に通いながら働き、徐々に仕事の割合を増やしていく予定だったのですが、渡仏してみると「明日から働けるのだよね?」ということになり、結局は語学学校に通わずに現場で学ばせていただくことになりました(笑)

約1年半働かせていただき、ビザを更新するタイミングでコロナが流行してしまい、帰国となってしまいました。

 

ー語学学校に行かなくても問題なかったのでしょうか?

塚本聖太さん:いえ、「ボンジュールしか分かりませんけど」みたいな状態からスタートしたので、問題だらけでしたね(笑)それでも、もうやるしかないですよね(笑)

とりあえず接客シーンに使われる必要最低限の言葉、数字、飲み物の言い方などは全てマニュアル化して丸暗記し、あとは表情や空気感から読み取ったり。どうしてもわからないときは同僚に助けてもらっていました。

語学に関わらず全てがわからない状態だったので、最初はワインを均等に注げるように何度も練習したり、ワインセラーの中のワインや必要なものがそれぞれどこにあるのか、全てメモして覚えたり。そんな日々からフランス生活が始まりましたね。

 

日本酒の本場で、生きた想いに触れる

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ー留学から戻った当時、「新し屋酒店」ではコロナがどのように影響していましたか?

塚本聖太さん:コロナの影響はものすごくあって、飲食店に卸している分は取引数量が極端に少なくなったり、感染症対策でイベントでの集客もできなくなったりしました。卸すこともお客様に売ることもままならなくて、どうしようもない状況でしたね。

その時からSNSに力を入れるようになりましたし、ワインの取り扱いも新規参入ができる隙ができたので、店で本格的にワインを取り揃えられるようになりました。

私自身は、できることをとにかくやろうと思っていましたし、ワインの本場を経て新潟へUターンしたので、今度は新潟という日本酒の本場で学ぶために、酒蔵で働かせていただいたりもしました。

 

ー酒蔵で働くことで、”日本酒の本場”をどのように学ぶことが出来たのでしょう?

塚本聖太さん:百聞は一見にしかず ではないですけど、石本酒造(代表銘柄:越乃寒梅)という新潟の日本酒業界を牽引してきた酒蔵で日本酒を造る工程を現場で体験することで日本酒の知識がとても深まったと思います。

それに加えて、蔵人の方々から日本酒に対する想いや業界の歴史、数字には見えない部分への細かいこだわりなどを聞くことができ、本やYouTubeなどでは学べない体験ができたことは貴重な経験でした。

フランスへのソムリエ留学と共通していることとして、実際に現場に行き自分の目で確かめること、経験することで自分の言葉に自信を持つことが出来るようになりました。と言っても、まだまだ勉強中の身ですが。

 

家業に入って感じる、父のこと、店のこと

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ー塚本さんとお父様の関係が、「親子」であり「上司と部下」、さらには「店を経営する仲間」にもなられたと思いますが、お二人それぞれの性格はどのように機能しているのでしょうか?

塚本聖太さん:父は結構適当なのですが、それでも長年の経験からなのか鋭いセンスを利かせてくるところがあるので、単純にすごいなと思いますね。誰を相手にしていても飄々としている性格で、さまざまな方から受け入れられているところも尊敬している部分です。

商品の発注などは私も割とどんぶり勘定なところがあるのですが、父はそれをさらに上回っているので、自分はしっかりしなければという気になれます(笑)

ひとつ言えるのは、お互いの性格を理解し合っているので、細かいことでの衝突はほとんどないことですね。

 

ー今、「新し屋酒店」の課題はなんでしょうか?

塚本聖太さん:主に認知度ですね。SNSを活用したり、時代に合ったやり方をして認知をしていただく必要はあると思っています。良いお酒を取り扱っていても、それを誰も知らなければ無いのと同じですから。

以前はお客様から「人に教えたくない酒屋・秘密にしたい酒屋」と言っていただいていたそうですが、その”価値”を下げずに正しく知っていただくよう、思考を凝らしていく必要はあると思っています。

 

ー今の酒屋に求められているものって何だと思いますか?

塚本聖太さん:私は”専門性”だと思います。

銘柄が重視されていたかつてとは違って、最近は業者さんも手法も多様化していて、お酒の種類も本当にたくさんあります。そのため、酒屋にはお客様に合ったお酒をご提案できる、銘柄についてのストーリーまで説明できるスキルが求められています。

特に「新し屋酒店」は、お店の場所も分かりやすい場所ではありません。わざわざここに来てくれたお客様は、うちが取り扱っているお酒の種類の豊富さや珍しさに惹かれてきてくださっているので、ひとつひとつにきちんと答えてあげる責任があります。

胸を張ってお薦めする、本当に良いものを取り扱っているからこそ、私自身も今以上に知識をつけて、きちんとお客様のもとへ届けていきたいと思っています。

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今回は、新潟市亀田にある老舗酒屋『新し屋酒店』の専務取締役、塚本聖太さんにお話を伺ってきました。

お店がある場所は、亀田の住宅地内の本当に細い路地を進んだところ。
「ここ!?」と思わず言ってしまう場所に、ポンっと現れるこのお店では、ひとつひとつにこだわりが詰まった銘柄と、温厚で素敵な親子が出迎えてくれる優しい空間が広がってました。

 

塚本 聖太さん
つかもと しょうた|酒屋 経営


1992年江南区生まれ。大学卒業後、酒類総合卸会社の営業を経てフランスへワインソムリエ修行。コロナを機に新潟へUターンし、家業である「新し屋酒店」専務取締役になる。現在は、3代目代表である塚本重文さんと一緒に店を経営。ワインソムリエの資格を取得しており、店ではフランスのブルゴーニュワインを中心に600銘柄以上のワインを取り揃えている。

新し屋酒店HP:https://www.atarashiya.jp/