福井匠流くんが「マイプロジェクト」を経て気づく「父の背中」から受けた学び。父と子それぞれ挑戦した3年間

新たな挑戦から新たなつながりが生まれる

ー福井厚さんにとってこの3年間はどんな3年間でしたか?

福井厚さん:ちょうど3年前に、新卒から25年近く勤めた会社を辞めて、長岡の会社に入りました。しかし「やっぱり地元で働きたい」と思い、1年足らずで長岡の会社を辞めて柏崎に戻り、今は主にデザイナーとして活動中です。

1社目は、本社が柏崎にある製菓会社でパッケージのデザインを担当していました。
まだ退職する前で私が40代に入った頃に、会社からの指示のもと、「柏崎リーダー塾」という場に参加する機会があったんです。そこに集まった方々の中には、新しいことをやろうとしている人たちがいっぱいいて。刺激を受けた当時の私は、仕事に不満はないものの、新しいものを作り出そうという雰囲気が弱いことが気になってしまい、新たな挑戦を求めて転職を決意しました。

年齢的にもプレイヤーからマネージャーみたいな役職に変化していく中で、現場主義を貫きたいのと、独立してデザインをやってみたい気持ちが強かったんです。

福井厚さんのデザイン会社ロゴ
福井厚さんの個人事業ロゴ

ーどうして転職先は起業支援の会社を選んだのでしょうか。

福井厚さん:「起業したい人の応援をしたいな」と思う機会があったことと、会社を辞めようと考えていた時にたまたまその会社のデザイナー担当に空きが出たことが被り、その会社を選びました。

また、長岡には学生起業家が多かったので、「その子たちと起業イベントなどをやりたいな」と思って入りました。その転職先では、新潟県が指定するスタートアップ拠点の運営や管理をしていました。長岡に居たのはわずか1年くらいでしたが、年齢がふたまわり近く離れている私が、学生起業家と仲良くしてもらえていたことはめちゃくちゃ嬉しかったです。

 

ー1社目の頃にご経験された、「柏崎リーダー塾」とはどんな場だったのでしょうか。

福井厚さん:約1年半、柏崎内の企業に勤める人などが20人ほど集まって、学び合う場です。5人くらいのチームに分かれてそれぞれのプロジェクトを企画、展開していきます。市内の会社員とはいえど、次期社長とか重役候補などの方々もいたので、面白い企画やつながりが沢山生まれていました。

私は、当時いた部署から1人選ばれることが決まっていて、年齢的に私くらいがちょうどいいだろうとのことで選ばれました(笑)
正直、最初は断ろうと思ったくらいでしたが、今思うと本当にラッキーだったと思っています。それで生まれたつながりの中で、市内のイベントなどで一緒に何かしたり、休日にバーベキューをしたりする仲に発展もしていました。

私がいたチームでは、市内の高校や中学校にキャリア教育のために「Y•Y Project(ワイワイプロジェクト)」という出前授業をし始めました。これはリーダー塾が終わった今でも続けています。そして、その活動から知り合った方に長岡で開催される「スタートアップウィークエンド」というイベントを紹介されて、参加してみることにしたんです。

スタートアップウィークエンド津南の際の、福井厚さん

ー「スタートアップウィークエンド」とはどんなイベントだったのでしょうか。

福井厚さん:週末の2・3日間くらいをかけて、そこに集まった人たちで4・5人のチームを作り、何か新しいサービスを考えてプレゼンをするイベントです。

短い期間に企画やリサーチ、検証に本気で取り組むので、結構辛いのですが、その分楽しかったんです。会社員ではなかなかできない経験をさせてもらいましたね。全く知らない方たちとチームを組んでいたので、最初はすごくアウェイで、ほとんど喋れませんでした(笑)でも、そのチームが最終プレゼンで優勝し、終わった夜の飲み会は思う存分に楽しみました(笑)

後日、そのイベントが津南でまた開催されると聞いて参加したところ、チームに恵まれ、運よく優勝することができました。僕はデザイナーでしかないので、サービスの組み立ては今も苦手なんですけど、連続で優勝したもんだから色んな人と会話するネタにはできていたかもしれません。
それ以降は「スタートアップウィークエンド」の運営お手伝いなどもさせていただいています。

 

ー40代になってからの人脈の広がり方がすごいですね。

福井厚さん:そうですね。本当に、人との繋がりには感謝ですよね。立場や価値観が違って普段はなかなか会えない人でも、ひとつ繋がりができるとどんどん広がっていき、そのうち多様なものに触れる免疫もついてきたりして。職種を問わずに、面白い人と繋がっていけるのって楽しいですよね。
その繋がりがあるから、今こうしてフリーランスでもやれてるというのはあります。また、フリーランスとしての悩みなどを相談させていただくこともあります。

匠流も、私の人脈をマイプロジェクトなどで遠慮なく活用していましたね(笑)私の知り合いと匠流がどんどん繋がって、学校のイベントを成功させたりしていました。

 

挑戦する父の姿は、今でもしっかり覚えている

福井匠流くんと父の厚さん

ーお二人(父と息子)の友人のような関係性はどのように出来上がったのでしょうか。

福井厚さん:それは謎ですね。もちろん、友達のような関係でない時期もありました。僕は少年サッカーチームのコーチをしているのですが、勝負事になるとつい熱が入ってしまい、いつも匠流のことを怒っていました。練習があった日のお風呂では、のぼせるくらいずっと「なんであんなプレーしたんだ!」ってぐちぐち言ったりして。だから、あの頃のことは相当恨まれていますよ(笑)今でも忘れないって言われますし、私自身も指導方法を間違えていたなって反省しています。


ー匠流くんは実際どう思っていたのですか。

福井匠流くん:その通り、恨んでました(笑)
中学生くらいから学校の先生を目指しはじめた時には、反面教師として参考にしようと思いましたね(笑)

福井厚さん:サッカーの指導以外は、あんまり子育てらしいことはしてこなかったですね。勉強を聞かれることもないし、教育はほぼ妻が担当していましたので(笑)
匠流は祖父母といつも一緒にいたかなと思います。町内の人にも匠流を育ててもらったところはあります。

私は今でも子どもたちの教育に関わっているのですが、その中で強く感じていることは「キミの周囲にいる大人は親や先生だけではないんだよ」ということです。なるべく柏崎市内のいろんな大人を子どもたちに見せることで、子どもたちがおもしろそうな大人に興味を持ってくれたり、憧れを抱いてくれるかもしれません。そうなってくれたら、いつか地元に戻ってこようと思うわけですし、あの大人たちと一緒に何かしたいと思ってもらえるかもしれません。

だから、「子育て」に関してうまくできたとは思っていませんが、いろんな大人を見せられたことは、結果的に良かった点だと思っています。

 

ー福井厚さん(お父さん)の人脈を活用していたとも伺いましたが、実際匠流くんは地域との繋がりや人脈にどんなことを感じていますか。

福井匠流くん:「柏崎リーダー塾」や「スタートアップウィークエンド」に父が参加していたのをみて、当時僕は小・中学生くらいでしたが、楽しそうだなと興味が湧いていたことを覚えています。それがマイプロを始めた理由でもあります。「柏崎リーダー塾」の最終成果発表会を見に行った時のことは今でも覚えていて、こういう大人たちがいるのっていいなと思えましたね。こういう輪の中に僕も入りたいなと思っているので、柏崎に戻りたいと考えているんです。

高校生になってマイプロジェクトを通じて、今度は新潟市内のいろんな人達が関わってくれました。僕は本当にいろんな大人たちに鍛えてもらえていて、本当に有難いなと思っています。

 

 

子から父へ、父から子へ

福井匠流くんと父厚さん

ー最後にお互いへエールを送ってください。

福井匠流くん:僕も将来は起業を考えているのですが、父は僕の一番近くでそれに成功している人なんです。そんな父の、ずっと好きなことをやり続けているところは人として尊敬しているので、これからもそれを続けてほしいです。

最近は、自分でも起業を意識してスライドやチラシを作ったりしているのですが、そんな時は改めてデザイナーである父の凄さや大変さを感じます。僕はこれから教育分野で活動していこうと思っているのですが、何かの「匠」「一流」になって、父からもらったミッションを達成したいと思っています。そのうち、何かのプロとして柏崎に戻るので、それまでは柏崎でプロとしてがんばってください!

福井厚さん:匠流には、おもしろい人になってほしいなと思います。
僕はユーモアを一番大切にしたいと思っているので、人と話す時など、難しい話でも笑いを交えることで、明るい場の雰囲気を出してくれるような人になってくれたらいいなと思います。今までは「高校生にしては」というフィルターのようなものがあった中で注目や応援をしてもらえたわけですけど、これからはそうはいかないぞと思っています。応援してもらえるようになってからがスタートだと忘れないでほしいですね。
匠流は大丈夫だと思っている部分もあるのですが。できるだけ人と仲良くして、人に興味を持って接すれば、もっと可愛がってもらえると思うから、頑張って。

 

***

 

今回は、「全国高校生マイプロジェクト全国summit2021」にて、全国約1,500プロジェクトの中から「ベストラーニング賞」を受賞した福井匠流くんと、お父さんの福井厚さんにお話を伺ってきました。

等身大の親子の姿からは、親子関係の成功も失敗も教えていただいた気がしました。まだまだ親として新米な私には、学びが多くて有り難い時間。

「子育て」って「親育て」でもあります。親は子どもに正しさを教えるものだと認識していては、きっと両者ともにどこかで溺れてしまうでしょう。

“子どもは、自分の育ち方を知っている”と、何かで読んだことがあるのですが、本当にその通りだなと教えていただいているようです。

親にできることは、環境を用意しようとしたり、自分自身が挑戦して背中を見せてあげることなのかもしれません。

 

福井 匠流さん
ふくい たくる|大学生


2004年生まれ、新潟県柏崎市出身。地元を離れて、新潟市内の高校に進学。高校卒業後は、桜美林大学教育探究科学群に総合型選抜(旧AO入試)で入学。小学1年生から現在までサッカーを続けている。高校時代は教育に関心を持ち、実践型探究「全国高校生マイプロジェクト」に取り組み、「全国高校生マイプロジェクト全国summit2021」で、高い探究生が評価される「ベストラーニング賞」を受賞した。大学では、探究学習やキャリア教育について研究する予定。趣味は、映画鑑賞やスポーツ観戦、コーヒードリップ。

福井 厚さん
ふくい あつし|デザイナー


1974年生まれ、新潟県柏崎市出身。地元に本社がある「株式会社ブルボン」に入社。主にパッケージのデザインを担当。代表商品は「アルフォート」「プチシリーズ」など。その後、起業支援の会社などに転職し、現在は「Design on Nexus」としてフリーランスで活動。様々なデザインやブランディングに関わる一方で地元柏崎の学生にむけたキャリア教育などにも挑戦。趣味はスポーツ観戦。特にサッカーが好きで「アルビレックス新潟」のファンでもある。

福井厚さんの事業「Design on Nexus」問い合わせ先:sw.kz.fukui@gmail.com

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