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【海の家×コワーキング】Sea Point NIIGATA開業から6年の軌跡

シーポイントニイガタ鈴木博之と星亜矢子

新潟市関屋浜にある「Sea Point NIIGATA(シーポイントニイガタ)
海の家とコワーキングスペースが融合した空間です。

関屋浜は新潟駅から車で約15分の位置にあり、街の中心部からのアクセスは良好かつ新潟らしい海のロケーションも楽しめちゃう最高の場所です。そんな場所で、日本海を眺めつつ仕事ができるのがシーポイント新潟の魅力の一つ。

今回はシーポイント新潟の運営会社、株式会社ニイガタ移住計画の代表取締役鈴木博之さんと取締役星亜矢子さんにお話を伺いました。
お2人は「個で作業できる仕事場」ではなく「場所や時間、空間を共有しあえる仕事場」を作ることが大事だと考えています。

シーポイント新潟では、出張で新潟を訪れた方や、初めて利用する方など、どんな方にもオープンな居場所を提供してもらえます。そして、その空間を共有する他のワーカーと交流し、新たな仕事に繋がるなんてこともよくあります。

しかし、鈴木さん星さんにお話を伺うと、経営はそれはまあ大変だったとのこと!(笑)
開業からの約6年、毎年嵐のようにいろんな事が起き、大勢の方と支えあってきたからこそ今がある。

今回の記事には、「嘘でしょ!?と思うことばかり。でもあったかくて泣けてしまう。」そんなシーポイント新潟6年の裏側が詰まっています。
ぜひ、多くの方に読んでいただきたいです!

 

「生きていくために必死だった」鈴木さんのUターンについて

シーポイントから見た海1

ー鈴木さんがUターンするまでの経緯を教えてください。

鈴木さん:はい。私のUターンの背景は少し長くなります(笑)
私は、東京の大学を卒業後、大手金融会社に入社しました。すると配属先が地元新潟となり、意図せず社会人デビューは新潟の地で始まることに。

法人担当として、主に融資を担当していました。「お金を貸す」という仕事ですが、そのお金で新しいお店ができたり、新しいことが始まって街が変わっていくのを実感しながら働けていたんです。当時は仕事にとてもやりがいを感じていました

しかし、数年後に異動となり、東京に戻った時には新潟ほどのやりがいは感じられなくなってしまいました。競争社会に揉まれる一方で、そもそも何のために融資するのか、目的を見失ってしまったんです。

そして30歳前後、東日本大震災が起きたり、地方創生という言葉をよく耳にするようになり、自分もいつかは地元に帰りたいと思い始めました。
地方移住に関する活動に参加したり、自らチームを作って活動していたんです。しかし、日常生活にプラスして何かのアクションを起こすことはとても大変でした。そもそも、自分がやりたいと思える転職先を探すこと自体も難航して、なかなか具体的な行動を起こせずにいたんです。

そうやって悶々と東京での日々を過ごす中で、2015年にうつ病と診断されました。

療養中のベッドの中でUターン移住を決意し、移住とそれにまつわる転職のことなどを支援する活動もしたいと考えました。それは私自身が悶々と悩んで移住に踏み込めなかったからこそ、同じような悩みを抱えた方の手助けがしたいと思ったからです。

新しい人たちが入ってきやすく、かつ自分らしい働き方が見つかるような場所を作りたいと思ったんです。どうせやるなら、新潟っぽいところで。

でも、コワーキングスペースって本当に儲からないんですよ(笑)一部語弊があるかもしれませんが、コワーキングだけで経営すると家賃すら払えないようなビジネスです。だから他の何かと掛けあわせて展開したいと思っていたんです。そして思い付いたのが飲食でした。

ある日、関屋浜を散歩してるとシーズンオフで閉まっている海の家が目につきました。ここなら厨房などの設備が揃ってるはず!と思ったんです。それからは関屋浜の海の家オーナーを探してます!とか名刺に書いたりして(笑)
自分の計画をいろんな人に話したりアピールしたりしていました。

そして少しすると、シーポイント新潟のオーナー福井さんと出会うことができました。もちろん最初は、オーナーに「海の家でコワーキングスペースがしたい」という自分の想いや構想を話しても理解してもらえませんでした。そして「とりあえず、ひと夏働いてみてからだな」と言われ、すぐに60連勤がスタートすることに(笑)

約2ヶ月休みなしって驚かれることが多いんですが、海の家って夏だけの営業なのでシーズンの真っ只中はこういうものなのです。
そうやって働く中で次第にオーナーとも信頼関係を築くことができて、理解してもらうことができました。それから店をDIYしたり、今の形になるまでの挑戦がはじまっていきました。

シーポイントニイガタ内観1

ー心身ともにダウンしている中での移住。どうやってそこまでの気力を出すことができたのですか。

鈴木さん:うつ病で働けなくなり、もう地元に帰るしかないとなったとき、移住後もサラリーマンをするという選択肢は持てなかったんです。この病気を抱える私が、会社員として組織に雇われるのは、常に大きなリスクがつきまといますから。

自分の力で生活していくための術を見つけるのに必死でした
やるしかない、と思って動き続けていたんだと思います。

 

ー赤の他人である鈴木さんが既存の海の家を改造していくのは、理解を得るのに相当な苦労があったのではないでしょうか。

鈴木さん:苦労がなかったわけではないですが、初っ端の60連勤でオーナーや周囲の方々と仲良くなることができて「何となく信頼できそうなやつ」くらいには思っていただけました。だから、毎日頭を下げ続けるとか、そういった苦労などはありませんでしたね。

また、お店を改装する時も協力者が300人くらい集まってくれ、一緒にDIYしてくれたんです。
そもそも海の家って普段から潮風にさらされているために壊れやすく、みんなで協力して修理する文化が根付いているんです。

日常的にみんなで修理したり、協力することに慣れているこの場所には、仕事場を共有すること(=コワーキングスペース)が、とてもあっているのではないかと感じました

 

「不器用ながら、道を模索していた」星さんのIターンについて

鈴木博之と星亜矢子

ー星さんは高校卒業後の進学するタイミングで出身地の長野から新潟にIターンしたんですよね。

星さん:そうです。動物看護師の専門学校に進学し、そのまま動物看護師として2年ほど働きました。その後、長く続けられる仕事をしようと思い、事務職に就きます。この時にインターネットやパソコンに触れていたことで、副業としてフリーライターの仕事などもやり始めるようになりました。

次第に、SEOをしっかり学びたいと思うようになり、職業訓練所に入ってSEOやWEB制作を学びます。その後、システム会社でWEB制作の経験を少し積んだのですが、諸事情があってすぐに辞めてしまいました。

しかしその時に、自分の経験やスキル不足を痛感したんです。だから失業期間中に、もっとスキルをつけるべく独学で学び続けました

いろんな勉強会などに参加していている中で、たまたまイベントの運営を手伝ってくれないかというお誘いを受けたんです。そのイベントの会場がシーポイント新潟だったことで、鈴木さんとの出会いに繋がりました。

そして、派遣会社に登録するために履歴書を用意し、まさに翌日郵送するって時に、鈴木さんからお店を手伝わないかと連絡をいただいたんです。

 

ーそんな運命的なタイミングでシーポイント新潟に携わるようになるんですね。

星さん:そうですね。当時は、シーポイント新潟が開業して1年ほど経った頃で、シーポイント新潟以外の受託事業もあったことで、人手が足りなくて仲間を探していたそうです。

私はそれまでに身につけたWEBの知識や事務の経験を発揮できる場所を探していて、ちょうど両者のニーズがマッチング。そして、シーポイント新潟にパートとして雇われることになり、そこから今に至るまで振り回されることに。。。(笑)

 

支え合い、繋いだ6年間

シーポイント

ーシーポイント新潟が開業してからの経営はどうだったのでしょうか。

鈴木さん:それはもう大変でした(笑)とにかくハプニング続きで。なんせ、オープニングパーティの場で責任者だった私が捕まってしまう騒動からスタートしたんですから

 

ーそれはどういう事態ですか!?

鈴木さん:当時飲食の経験もなければ、経営の経験も、海の家に関する知識だって不十分。
右も左も分からなかったので、DIYなどで出た木材をオープニングパーティのキャンプファイヤーで燃やすという企画をしたんです。ビーチでキャンプファイヤーをしてはいけないと知らずに、何の迷いもなく実行したところ、通報されてしまい、そのまま任意徴収を受けることになりました(笑)今となっては良い思い出ですが、当時は悪いことをした認識がなかったので、本当に勉強になりました

 

さん実は私、お店で働くことになる前に1度、お客としてシーポイント新潟に来たことがあったんです。その時のシーポイント新潟なんて、水も出さず、食事の提供時間も遅め、わずかしか入ってないドリンクも価格は普通。これは随分ぼったくりだな、と不満炸裂でした(笑)
当時は二度と来ないだろうなと思っていました(笑)

 

鈴木さん:シーポイント新潟を気に入って集まってくれるお客さんはいたんだけど、運営側はもうグチャグチャでしたね。そもそも、一人で全部回そうと思っていたのに全然回らなくて。これは人を増やさなきゃと思い、星以外にも社員を数名入れることにしました。

シーポイント内観2

ー星さんや他の社員さんを仲間に迎えて、経営は安定し始めたのですか。

鈴木さん:いいえ全く(笑)
社員を増やして2・3年ほどが経ち、毎年売上は上がっていたのになぜかお金が残らなくて経営はもうドン底に陥りました。

 

星さん:当時、様々な方がお手伝いしてくださったのですが、そのお礼と言いながら鈴木さんが朝まで店のお酒を使って大判振る舞いするんです。売上は上がっているのに、経費が圧迫されてしまって(笑)

私は前職で事務の経験があったので、お金の動きを見たときに「この会社危ないかもしれない」と思ったんです。

 

鈴木さん:僕が未熟なせいなんですけど、経営が圧迫されていくうちに僕はまたうつ病っぽくなり、お店に立てなくなってしまいました。責任者不在の間に、星さんが他の社員2人と話し合って、会社を自主退職するという決断をしてくれたんです。

 

星さん:なんせ夏はめちゃくちゃ忙しいところですから、シーズン後にはもの凄い反動があってメンタルが落ち込みやすいんですよね。シーポイント新潟で働いてから「鈴木さんは年に数回ダウン期間がある(笑)」と聞いていたので、当時は鈴木さんが毎日不在でも「あぁ、これか」くらいにしか思ってなかったです(笑)

それよりも、「どうしたらこの状況を回復させられるのか?」を考えるのに精一杯でした。他の2人と話した結果、自分達が退職することで経費節減をすることに踏み切りました。みんなの大事な場所だったので、どうしたらここが残るか?そればかりでした。

 

ー自分達の生活を犠牲にしてでも、シーポイント新潟を残そうとしたんですね。

星さん:お金の心配とかはありましたけど、他の社員も「経営が大変なことなんて最初からわかってたし!」とか「ないものはもうしょうがない!他探そう!」という感じに割とさっぱりした人たちでしたからね。

綺麗にいうと「自分の生活はどうにでもなるから、お店を残そう」みたいな。今でも、その時に辞めた方々が手伝いに来てくれたりしてるよね。

 

鈴木さん:うん。もともとボランティア文化も根付いていたので、もちろんお金はなかったんですけど、手伝ってくれる子達は何人もいました。

 

星さん:私もボランティアとして繋がり続けていました。
鈴木さんがいないときにオーナーさんからシーポイント新潟を始めた頃の経緯とかをお聞きして、お店への想いに共感していたんです。オーナーさんは「お店が大変でも、君たちのことは心配しなくて大丈夫」と言ってくれていたんですが、そんな守られた中でやっていくのもカッコ悪いなと思って。だから自主退職する決断をしました。

 

ーその後は、どんな流れで星さんは今の共同経営者という立場になられたんですか。

星さん:その後、私はシーポイント新潟を懇意にしてくれていた企業様からお仕事をいただくことがありました。その仕事をしたタイミングで鈴木さんと話し合い、シーポイント新潟に戻ることになったんです。

 

鈴木さん:戻ってきてもらってからしばらくして株主にもなってもらい、共同経営者になったという流れです。色んな人の苦労があって今があるって感じですね

 

ーいろんな方の想いがあって、今のシーポイント新潟があるのですね。

鈴木さん:僕がうつ病から復活して、星さんにも戻ってきてもらって、なんとか数字がいい方向に向かっていたときにコロナになり、今に至ります。
コロナが流行り始めてからは、サービスをもう一回見つめ直したり、店の掃除をしたり、来てくれる人に楽しんでもらうこと自体を見つめ直しています。

 

シーポイント新潟が目指すところ

シーポイントから見た夕方の海

ー今、鈴木さんや星さんが大事にするものは何ですか。

鈴木さん:新しく来る方が寂しい思いをしないようにっていうのが一番大事なことかな。シーポイント新潟も地元の人達ばっかりでは、新しい人は入ってきづらいので。必ず席を作ってあげて寂しい人を作らないようにしていこうねってスタッフみんなで話しています。

 

星さん:シーポイント新潟を運営する株式会社ニイガタ移住計画の目標は、シンプルに「移住」する計画を立てるのではなく、就きたい仕事がないならそれを作るところまでサポートすることなんです。つまり、シーポイント新潟は居心地のいいコミュニティや自分のやりたい仕事を作り出し、移住後の暮らしを充実させるための空間になりたいと思っています。

 

鈴木さん:そう。ただ住処を変えるだけではなく、生活からここに作るっていう意味です。

シーポイント新潟では、この場所やイベントを通じて、集まった人同士の交流から生まれる新たな仕事を生み出し続けていきたいと思っています。

だから出張や旅行だとしても、県外から来てくれる会社や人材ってすごく大切なんです。そこにとことん親身に向き合いたいと思っています。

 

***

 

今回は、Sea Point NIIGATA(シーポイントニイガタ)を運営する株式会社ニイガタ移住計画の代表、鈴木博之さんと共同経営者の星亜矢子さんにインタビューをさせていただきました。

ここを必要とする人のために、なんとしても残さねば」という言葉から、シーポイント新潟の存在は「楽しい場所・素敵な場所」だけでは語りきれないものなのだと感じました。
どんなに経営が大変で、毎日がドタバタでも、ここに戻ってきてくれる人のために守り続けるという姿勢に、格好良い生き様のようなものを感じました。

シーポイント新潟で、あなたも素敵な“何か”に出会えるかもしれません。

Sea Point Niigata
シーポイントニイガタ


〒951-8134
新潟県新潟市中央区関屋1-24
TEL:025-233-6650
シーポイントニイガタHP:https://seapoint.info/
営業期間:4月中旬〜12月末※冬季休業(1月~4月中旬)
【4月中旬~7月中旬】
ランチタイム/11:00~L.O14:00
ティータイム/14:00~日暮れまで
定休日/火曜日

【7月中旬~8月末】
ランチ&ディナータイム/11:00~L.O21:00
定休日/無

【9月~12月末】
ランチタイム/11:00~L.O14:00
ティータイム/14:00~日暮れまで
定休日/火曜日

鈴木博之さん
すずき ひろゆき|経営者


新潟県出身。2015年に東京都内の10年以上勤めた会社を辞め、新潟市へUターン。その後、株式会社ニイガタ移住計画を立ち上げ、現在はSea Point NIIGATAの運営や移住支援を行う。

星亜矢子さん
ほし あやこ|経営者


長野県出身。株式会社ニイガタ移住計画の共同経営者。多彩なキャリアを活かして、移住や起業イベントにも数多く登壇しており、鈴木さんとともに店舗業務や広報、企画、WEB制作の仕事も担当している。

 

記事を掲載した日

2022/06/28

  

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