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牛田光則さんが旅の先に見つけた「半農半X」の理想郷暮らし

上越市大島区の山間に、米農家と民宿を両軸で展開する「うしだ屋」。
今回は、オーナーの牛田光則(うしだみつのり)さんに取材をしてきました。

農薬を使わないアイガモ農法や低農薬栽培で生産されたうしだ屋コシヒカリを、全国のお客様へ直販。
他にも、「米糀」や12月限定の「切り餅」などいくつかの人気限定商品を展開されています。

一方で民宿経営としては、築100年以上の古民家をリフォームして古民家の魅力を残しつつも、床暖房やwifi設備が整った環境を実現。提供される食事は、うしだ屋コシヒカリや地元の野菜や山菜をふんだんに使った“豪華ではないけど豊かな食事”。
また、訪れたお客様が“やまざと暮らし”を満喫できる体験型アクティビティも多数提供しています。
(現在は、民宿業はお休み中。その経緯などは、記事中で紹介しています。)

このうしだ屋を奥様と二人三脚で運営されてきた牛田光則さんは、転勤族の家庭に生まれ育ったこともあり、生まれ故郷の福岡や東京の地に留まることなく、長野やニュージーランドで働いていた経験をお持ちの方。

縛られない、自由な生き方を描きたい」という考えのもとキャリアを描いてきた牛田さん。牛田さんのお話からは、“自由”の先にある“不自由だけど豊かな暮らし”への価値に触れることができます。

 

登山や旅から学んだ“自由な生き方”

ー牛田さんは学生時代から新卒にかけて、どんな過ごし方をされていたのでしょうか。 

牛田光則さん:僕は学生時代に登山や旅をする部活に入っていたため、わりと早くから自由な生き方をしている人達との接点が多かったんです。働き方や生き方に関して、旅で出会った人達から影響を受けたのもあって、いわゆる「就活」はしませんでした

自由な生き方を求めて、大学卒業後は長野県にある百名山のひとつ、八ヶ岳の山小屋で社会人としてのキャリアを歩みはじめます。
学生時代は飲食店や民宿でアルバイトをしており、接客業は自分の性格にマッチしていたようで、かつ山小屋で生活することで、自分の旅に対する欲求を満たしながら働けていました。

 

言葉より大切なものを教わったワーホリ旅

NZワーホリ(マウントクック国立公園の先輩ガイドと牛田光則さん)

ーその後、ニュージーランドへワーキングホリデーに行かれたそうですが、どんな経緯で渡航されたのでしょうか。

牛田光則さん:山小屋は、年中営業してるわけではないので、春夏秋は山小屋にいて、冬はスキー場の手伝いをするという生活を何年か続けていたんです。そんな中、次第に次のキャリアを意識しはじめたタイミングで、僕が元々やっていたテレマークスキーのインストラクター資格を海外で取ることに決めました

インストラクター資格がほしいと思ったときに、日本の冬が終わってすぐにニュージーランドへ渡り、年間通して冬を経験してみっちり練習すれば、自分でも教えられるだろうと思ったんです。だから日本のスクールで修行した後の春、これから冬が始まるニュージーランドに渡ったんです。

ワーキングホリデー自体は1年間なので、最初の半年間はスキーの練習とインストラクターの資格取得で時間もお金も使い果たしてしまいました。後半の半年間は、現地でアルバイトをしながら各地を巡ってました。

国立公園のガイドを手伝ったり、海岸沿いのゲストハウスのお仕事を手伝ったり、やりたかった“好きなことをする自由な暮らし”を目一杯楽しみました。そこで海外のいろんな宿泊施設などを見て、直にいろいろ学べたことは今のキャリアにつながっていますね。

 

ー渡航前から、元々英語は身についていたのでしょうか。

牛田光則さん:小学生のときに父の仕事の関係でアメリカに住んでいたことがあり、会話のレベルは低いながらに英語を喋ることに対する恐怖心はなかったんです。高校生レベルの単語ですら完璧ではないけど、ノリでいける!みたいな。

また、これはニュージーランドでインストラクターの資格を取るときに教わったことのひとつなんですけど、自然や風景をお客さんに見せたりするときに、言葉ってそこまで重要じゃないんです自分の身振り手振りでも、会話はできます

ニュージーランドのインストラクター試験って、筆記試験みたいなものではなくて、インストラクターを育成するカリキュラムなんです。その中で印象的だった課目のひとつが「言葉を一切使わずに指導する」というものでした。テレマークスキーは世界的にもまだまだマイナースポーツです。そのため、どこの国の人が相手であっても、ジェスチャーと自らの身体の動きで技術を伝える能力が求められているんです。

そんなカリキュラムを体現していく中で、言葉よりも相手とコミュニケーションを取ろうとする心がけが大事なのだと学びました。

今も田んぼとか里山の案内ガイドをしているときに、お客さんがどんな人種、性別、年齢であろうが関係なく、どうやって楽しく体験してもらえるかということを第一に考えています。

突然ホテルの支配人になる

ーニュージーランドから日本に帰国してからは何をされていたんですか?

牛田光則さん:日本に帰ってきたタイミングで、妙高高原で元々お世話になっていたオーナーさんから、スキー場の目の前にあるホテルの経営をやってみないか?というお誘いがありました。

オーナーさんもよく思い切った誘いをしたなと思うんですけど、立地もすごくいいところだったので、あとはどういうサービスをするか次第。直感的に楽しそうだと思い、挑戦してみることにしました

 

ーホテル経営やマーケティングに役立ちそうなスキルや能力はなにかお持ちだったんですか?

牛田光則さん:何も知識がなかったので、とにかく見様見真似で経営していました。最初は学生時代の仲間に声をかけて、みんなでどんな宿にするかを話し合い、それぞれの実体験を取り入れながら形にしていきました。山登りや、テレマークスキーなどニッチなものを売りにしていたので、ある意味どうやってアプローチすればいいのかは自らも愛好家である僕らが一番わかっていました

ちょうど妙高高原のインバウンドの盛り上がりとも重なり、他の宿よりも価格を安くしていたこともあり、お客様の入りは好調でした。当時、外国人の受け入れができる宿が周囲にあまりなかったのも大きな要因です。

 

ーその後、なぜ上越で農業研修をされたのでしょうか。 

牛田光則さん:私が任されていた妙高高原のスキー場は、バブル期のスキーブームの最中に建てられた施設でした。そのため、設備が古くなっており、電気の配線や排水管、外壁コンクリートなど至るところにガタが出てきていました。そして2015年のある日、シーズンの盛りに宿はたくさんの外国人スキー客で満室だった中、突然うちの宿だけ停電してしまったんです(笑)

老朽化による停電だったので、外に出ても電気が消えてるのはうちの宿だけ。外国人は長期滞在の方々ばかりだし、そのときは「もう終わった」と思いました(笑)

周辺の宿もすべて満室だったんですけど、なんとかお願いして周りの宿にお客さんを振り分けてもらって、予約が入っていたものは電話とメールですべて断りの連絡を入れ、食材も全て処分しました。スタッフたちは、山小屋時代の仲間達なので、ランプを渡して「電気ないからこれでやって」みたいな(笑)

その修繕の見積もりを出してもらうと、かなりの金額になっており、もう辞めるか大規模修繕をするかの二択を迫られていました。当時の僕にもっと経営の経験値があればもっとどうにかできたのかもしれませんが、行き詰まって悩んでいたところに、妻(当時はまだ友人)から「農業アルバイトの募集があるので、夏の間暇なら行ってみない?」と誘われて参加することになったんです。次の冬までは時間があるから、息抜き程度のつもりで上越の星の谷ファームに行ったんです。

 

農業の師匠との出会い

 

ー農村研修とは具体的にどんなものなんですか?

牛田光則さん:農業研修では、天明(てんみょう)さんという農家さんにお世話になりました。
天明さんは20年以上も前に奥さんと東京から新潟にIターンされた方で、現在は新潟の山奥で無農薬米を育てている農家さんです。

僕も妻も住み込みで働かせてもらいながら、天明さんの暮らしてる姿を見せてもらいました。天明家の暮らしって、“働くこと”と“日常生活”と“周囲の自然”がすごく近くて親しい感じなんですよね。長野の山小屋にも妙高のスキー宿にも無かった、自分たちが自然の一部になるような暮らし方に一気に惹き込まれたんです。

またいわゆる世間一般の農業研修のイメージは、「農作業の仕方を教わる」ということだと思いますけど、天明さんは、ご自身がIターンで独立就農された方なので、いかに農業経営を成り立たせるかということに主眼を置かれていて、農作業と同時に経営方法も重点的に教えて下さいました。

 

“半農半X”で始める理想郷ぐらし

ー牛田さんが実際にされている「半農半X」という経営方法には、どんな利点があるのでしょうか。

牛田光則さん:いろんな組み合わせとか考え方で自分の経営スタイルを変えていけるのが「半農半X」のいいところですね

例えば、我が家は今年家族が増えて、妻が農作業などから少し離れてしまいました。そのため、一旦宿を閉めて田んぼに専念することに。一人でも農作業はできるので、後はいかにお米で必要な所得を確保できるかが経営のポイントですね。

宿泊事業はコロナの影響で大幅に売り上げが落ちていたんですけど、農業でも収入があるという経営上の強みがあったので、収入がいきなりゼロにはならないという安心感がありました。そんな感じで、ひとつの事業に両足を入れていないからこそ不測の事態が起こった際にも倒れることがないんです。

 

ー「半農半X」の暮らしは、都会に住んでるどんな人におすすめできる暮らし方だと思いますか?

牛田光則さん:新卒よりかは一回社会に出て、都市暮らしを経験した人の方がいいと思います

そういう方は、街の暮らしを知っているので、自然と共にある暮らしの良さを感じられると思います。また、街のことを具体的にイメージできると、農産物を販売するターゲットをより詳細にイメージできるので、武器になると思っています。

ー現在の暮らしの魅力について教えて下さい。

牛田光則さん:新潟の山間地域は面白いねって妻と二人でよく話しています。四季で風景がダイナミックに変化しますし、自然の恵みをいただいて生活する地元の人たちの知恵もすごい

田舎暮らしは生活費が安いなど言われることもありますが、車や燃料費などを考えれば実際は大差ないように思います。でも、金銭でははかれない魅力や充足感は間違いなくありますね。

周りはおじいちゃん、おばあちゃんばかりですが、自然と共存して生きてきた世代なので、本当に凄い人たちばかりです。その文化を次の世代に伝えられるようにしたいと思います。

これからはインターネットを使って、田舎に勝機を見出して本気で来てくれる人が増えると嬉しいですよね。自分達はまだ手一杯でなかなかできていませんが、これからは地域の暮らしや魅力を伝えていきたいです!

 

***

 

今回は、うしだ屋を営む牛田光則さんにお話を伺いました。
学生時代から登山や旅を通して、テンプレートな人生から解放されていた牛田さん。
自分のやりたいこととの向き合い方を知っている姿に、人を惹きつける力を感じました

うしだ屋の田んぼで丁寧に育てられた、体にも環境にも良いコシヒカリ。
気になる方はぜひ販売サイトをチェックしてみてください!

 

牛田光則さん
うしだ みつのり|経営者


1983年、福岡県生まれ。長野県八ヶ岳での山小屋勤務、ニュージーランドでのワーキングホリデー生活ののち、新潟県の妙高高原で小さなホテルの支配人などを経験。2015年から上越市に農業研修生として移り住み、2017年「うしだ屋」として独立。
現在は、里山イノベーション研究会の会長を務めるほか、近隣の若手農家2人と共同で合同会社「旭商店」を設立。地域資源の価値を確立し、活性化につなげている。

うしだ公式HP:https://ushidaya.com/
お米発注ページ:https://ushidaya.com/farming/shop/

 

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