人々のハッピーシーンを創造する鈴木コーヒー佐藤俊輔代表。人生が変わった2度の転機とは

鈴木コーヒー代表佐藤俊輔さん

新潟県内を中心に『人々の幸せな暮らしに寄与する、確かな存在』としてコーヒー豆を中心に商品を販売し、現在創業から50年以上の歴史を持つ新潟の老舗企業、鈴木コーヒー

もともとはカフェや喫茶店、レストラン、ホテルなどに向けてコーヒーや紅茶などを販売していましたが、近年ではエンドユーザー向けの商品開発や店舗運営なども幅広く展開をしており『コーヒーを通じた、人々のより豊かなLIFE』を提供しています。
現在は、新潟市ピアBandaiや新潟伊勢丹、長岡での直営店以外にも、さまざまなお店のプロデュースなども手がけており、カフェ好きの新潟県民にとっては欠かせない存在になっていますよね。

鈴木コーヒーの代表的な商品といえば『雪室珈琲』でしょう。雪の力で冷やした天然の冷蔵庫でコーヒー豆を低温熟成することで生まれる、雑味と苦味が抑えられたまろやかな味わいが特徴です。新潟県内のスーパーではもちろん、オンラインショップなどで全国的にも販売されているヒット商品です。

今回はそんな株式会社鈴木コーヒーの創業者の孫であり、雪室珈琲の企画開発者、3代目代表取締役社長を務める佐藤俊輔さんにお話を聞いてみました。

 

自分の生き方を恥じた、1度目の転機とは

CRAFTSMAN by SUZUKI COFFEE(クラフトマン)

 

ー佐藤代表はどのような学生時代をお過ごしだったのでしょうか。

佐藤俊輔さん:親が会社を経営していたこともあり、「THE坊ちゃん」な人生を歩んでいた気がします。何も考えずに生きていました(笑)
でも、中学生の時に『ろくでなしBLUES』という漫画に出会って、やんちゃなことをするのがかっこいいのだと勘違いしてしまい、それから高校進学後は好き勝手やってましたね(笑)

しかし、高校2年の頃、障がい者福祉施設でスタッフのお手伝いをする機会があったんです。そこには、身体に障害を抱えた子どもたちがいました。”ボランティア”くらいのつもりで訪れていた私に、その施設の方たちはいつもキラキラと夢や将来の話をしてくれていたんです。それを聞いて、私は五体満足で生まれてきて、なぜこんなつまらない生き方をしてきたのかと強烈に恥ずかしく思うようになりました。

その経験を境に、考え方や人生への向き合い方がガラッと変わったんです。ヤンチャはほどほどにして、ちゃんと高校は卒業しようと決めました(笑)そして、もっといろんな世界を見たいと思うようになり、勉強して大学に進学しました。

大学4年間はこれといって何もなかったのですが、高校生の頃から夢中になっていたヒップホップやブラックコンテンポラリーについて、本格的に学びたいと思い留学を決意。せっかく渡米するならあまり日本人のいない場所がいいと思い、アメリカのかなりマニアックな地域へ1年半ほど行きました。

 

ー留学生活はどうでしたか。

佐藤俊輔さん:毎日授業には通っていたのですが、2ヶ月くらい友だちが1人もできなかったんです。そもそもアジア人が少ない地域だったこともあり、人種差別も受けて、心が折れそうになりました。
でもそんな時、もう殻に篭るのはやめよう!と開き直った瞬間があって、寮の部屋の中で好きなヒップホップを爆音で流したんです。
すると、寮生のグアテマラ人が「お前なんでこんなマニアックなヒップホップを知っているんだ」って声を掛けてきて。僕が、ヒップホップが好きなことを伝えると、「お前面白いな!」と受け入れてくれ、すぐに意気投合。
彼はDJをやっていたので、クラブに連れて行ってもらったり、好きな音楽を教えてくれたりして、その繋がりで友人も増えていったんです。そこから一気に、アメリカのディープでアンダーグラウンドな世界に入っていきました(笑)

 

 

2度目の転機を乗り越え、授けられた言葉

コーヒートラック・ヒポポタマス

 

ー帰国されてからはどのようなお仕事をされていたのですか。

佐藤俊輔さん:帰国当時、家業を継ぐ気は全くなくて、大学時代からお世話になっていた建設業の現場で働きました。
正直、はじめはブルーワーカーの仕事に対して、スマートじゃないという印象を持っていました。しかし、いざ一緒に働き出してみると、隅々まで機転を効かせていて、スマートでクリエイティブな世界だったんです。

ものづくりはゼロからイチを生み出す素晴らしい仕事です。この時ものづくりに携われたからこそ、いま鈴木コーヒーは想像力豊かな企画が多いユニークな会社になれているのだと思います。
会社を経営していく上で、チャレンジしたり、新しいものを創造していくことが好きなんです。
アメリカで音楽を学ぶべく留学をしましたが、本場の音楽を知って、自分が音楽を仕事にすることは無いなと思いました。もちろん今でも音楽は大好きですけど、それを生み出している彼らは、生きていくために歌っているんです。あの環境、世界観の中で生まれ育った人々の”生きる結晶”として音楽が存在することに対して、自分自身との本質的な違いを痛感しました。それを知れたこと自体が留学に行った価値です。私にとって、音楽は大切な”趣味”になりました。

 

ーその後、東京での営業職を経て、家業の鈴木コーヒーへ入社したのですよね。当時は様々な試練があり、ご苦労されたそうですね。

佐藤俊輔さん:家業である鈴木コーヒーに入社し、仕事ができることと、組織を束ねられることは全く違うのだと痛感しました。
東京で営業のノウハウを身につけて、完全に天狗になっていた私に対し「あなたにはついていけない」と言って辞めていった社員がいたんです。その時に初めて、はっとしました。
物を売ることとマネジメントの違い、それを理解していなかった自分自身に初めて気がついたんです。大きな犠牲を生み出してしまったことには、今でも申し訳ない気持ちが強いです。今の自分はその犠牲の上にあるのだと思っています。

 

ーそこから、上越の雪室コーヒーを企画開発されていますが、当時の心境はいかがなものだったのでしょうか。

佐藤俊輔さん:当時は本社に居場所がなくて、本当に辛くて、正直逃げたかったです。
居場所が欲しくて、逃げるようにして向かった上越で雪室の存在を知り、珈琲と掛け合わせてみようと思いました。会社としても、元々上越には顧客が少なく、開拓したいエリアでもありましたので。
今思えば当時は、逃げたい感情と結果を出して背中で見せていきたい感情の2つが混在していましたね。
なんとか、雪室珈琲を形にすることができ、少しずつ周囲からも認めていただけるようになったことで、改めて自信もついていきました。
一度大きな挫折を味わってからは、自分を評価してもらえるようになっていくことが嬉しく、ありがたかったです。

 

ーそこから、一歩ずつ進んで社長に就任されたのですね。

佐藤俊輔さん:そうです。社長に就任する前日の夜、自分の夢に亡くなった祖父が出てきて、一言だけ、「心のある経営者になりなさい」と言ったんです。それが、自分の心を矢で射抜くように真髄を捉えた、重みのある言葉だったので、人生で初めて涙を流しながら目を覚ましました。
その日の社長就任挨拶では、前々から色々喋りたいことを用意していたにも関わらず、社員のみなさんにはただこの言葉を伝えました。
「”心のある経営者”になります。ついてきてください」と。
経営に大切なことはこの言葉に全て詰まっているのではないかと思っています。
今でもこの言葉を心の支えにしているし、体現することが僕の役目だと思っています。

 

ー今の佐藤社長の中で、”心のある経営者”に至るために、分かってきた・掴めてきたようなものはありますか。

佐藤俊輔さん:社長に就任してからというもの、経営理念を変えたり、いろいろな企画や変革をやりましたけど、一番してきたことは、コーヒー自体の存在追求です。
僕は、コーヒーを「人々の幸せな日常を作るうえで欠かせないもの」だと定義しています。
だから我々はコーヒーを売っているのではなくて、コーヒーを売ることで”人々の幸せな日常”を提供しているんだと考えています。
幸せなトキを提供するには、まず他人やお客様以前に、自分自身が幸せである必要があると思っています。自分が幸せじゃないと他人のことを考える余裕は生まれないと思います。僕自身がそうだったように。
だから「まずは自分たちが幸せになろう」といつも社員には伝えています。自分達の幸せ、お客さまの幸せを追求することが、”心のある経営者”へ繋がっているだろうと信じています。その考え方が、SDGsなどへの取り組みにつながっていたりもします。

 

夢は、多くの志のうえで実現される

鈴木コーヒー

 

ー佐藤代表から、若い人たちに向けてメッセージをください。

佐藤俊輔さん:若い人たちには「夢だけじゃなくて、志も持ってほしい」です。
「夢」という言葉の対象には自分があります。自分がああしたい、こうなりたい、と。
でも、「志」という言葉の対象には必ず自分以外の存在があります。誰かのために、チームのためにこれを成し遂げたい、こうなってほしい、と。
なので、若者には夢だけじゃなくて志も持ってほしいです。

また、夢を叶えるには多くの志が必要になります。だからこそ、夢は多くの志の上に成り立っているものだということも伝えたいです。
自分一人では夢を叶えることはできません。色んな人があなたの夢を叶えるために関わってくれています。その人達は思いやりをもって接してくれるから、ある意味それが「志」なんです。
だから周囲の「思い=志」を大切にしてほしいし、自分も他人を応援する気持ちを持ってほしい。

僕自身がまさにそれを体感させていただいた1人です。僕の夢は、この新潟の小さなコーヒー屋さん(鈴木コーヒー)の商品を全国で販売できるようにすることでした。それを叶えるために僕を応援してくれる人々がいた。だからこそ、その夢を実現させることができたんです。人間は1人では生きていけないですから、今の子供達には夢と志を持つことを大切にしてほしいです。

 

***

 

今回は株式会社鈴木コーヒー、代表取締役の佐藤俊輔さんにお話を聞くことができました。

インタビューの最後に伝えてくださった「夢と志を持ってほしい」というメッセージ。
これまでに乗り越えてきた失敗や困難があるからこそ、伝えることができる”志”の重み。
”夢”だけではなく、他人を応援する気持ち、誰かのために行動しようという気持ちが集まると世の中はきっともっと素敵になるのかもしれませんね。

 

佐藤 俊輔さん
さとう しゅんすけ|経営者


1980年生まれ。新潟市出身。大学卒業後、音楽の道を志して留学するが挫折。帰国後UCC上島珈琲(株)に入社し、営業マンとして頭角を表す。東京ディズニーリゾートを運営する(株)オリエンタルランド担当営業として尽力した後、家業の株式会社 鈴木コーヒーへ入社。

株式会社鈴木コーヒー公式HP:https://suzukicoffee.co.jp/

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