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新潟イタリアンの名店【LA CUCINA LIBERA】を作り上げた古関悠さんから「決断する力」のヒントを探る

LA CUCINA LIBERA(ラ クチーナ リベラ)自由なキッチン」は新潟駅南口から徒歩で約10分ほどの場所にある。イタリアンバルのような、街に溶け込んでいて居心地のよいお店。『ミシュランガイド新潟2020 特別版』では、新潟市エリアの“ビブグルマン”を獲得するなど、その地位を確立しています。

今回は、そんなLA CUCINA LIBERA(ラ クチーナ リベラ)のオーナーシェフである古関悠さんにインタビューをさせていただきました。古関さん、実は前職は放送局でフリーペーパーの記者・編集者をされていました。

取材する側から取材される側へ、会社員から料理人へ、新潟から単身イタリアへ、変化を遂げる際に古関さんはどんな覚悟をもって臨んだのか。

その姿勢から、一歩踏み出す時に背中を押してもらえるようなヒントが見つかるかもしれません。

 

己の腕1本で勝負できる生き方に憧れ

©️中田洋介

ー古関さんは新卒で県内の放送局に入社し、その後一念発起してイタリアンシェフの道に進まれたそうですが、元々“新しいことへの挑戦”へ果敢に挑む性格だったのでしょうか。

古関悠さん:いや、僕は小さい頃からただひたすら野球に打ち込んできた人間です。

そんな自分が、社会人になってからたった3年で退職して一念発起したんです。自分で決めたことに意気込む反面、こんなに早く辞める自分がいることに驚きというか、ショックというか、複雑な感情を抱いていました

でも、それから東京で修行し、戻って古町の飲食店で働いていた時も3年で次に進んだので、もしかしたら社会人になってからの僕の人生は約3年をターニングポイントとして回っているのかもしれません。

 

ー新卒の時は、なぜ放送局に入社したのでしょうか?

古関悠さん:それは逸見(放送局の局長)さんに憧れたからです

野球をしていた僕がいうのもアレですが、元々“ルールに従ってみんなで同じことをする”のが苦手なんです。就活なんかはまさしくそれでした。みんなで同じような服装と髪型にキメて、なんとなくあるルールのもとに行動するスタイルに、当時は反骨心剥き出しでしたね(笑)
その現れとして就活セミナーなどには私服で参加していました。今思うと、舐めた大学生ですよね(笑)

さらに当時は部活引退直後だったために、髪型は坊主頭、私服はダボダボとした服装。もうその時点で、ほとんどの会社からは倦厭されたのですが、唯一普通に接してくれたのが逸見さんたちでした。逸見さんの人柄に惹かれ、話をするうちに憧れて「飲みにいきましょうよ!」と誘ってみると、「いいよ」とふたつ返事で面倒見てくれて。数回お会いする中で最終的には、僕が「逸見さんの会社で働かせてください!」とお願いをして入れてもらったような感じですね。

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SN@P代表取締役逸見さん

 

ー当時、就活をする上で、どんな軸を持っていたのでしょうか。

古関悠さん:「文章を書いて、人に何かを伝えたい」という想いが軸としてありました。僕は小さい頃から、本を読むことも好きだったんです。

最初は国語の先生を目指していましたが、大学選びの際に進学先の関係で諦めることになり、社会の教員免許が取れる大学に進学しました。でも、いざ進学してみると野球部の活動と教職課程はどちらも忙しく、同時に選ぶことができませんでした。そこで教員の夢は断たれ、文章で伝えたいという想いだけが残ったんです。

 

ー会社を辞めてイタリアンシェフになろうと思った理由を教えてください。

古関悠さん:会社員時代の僕は、フリーペーパーの編集担当でした。
毎週のように美味しいお料理や、素晴らしい技術を取材して記事にする中で、己の腕一本で生きている人に対する憧れが募っていき、「自分には一体何があるんだ?」と思うようになったんです

と同時に、その頃まるで逸見さんの鞄持ちのように付いて回っており、自分では行けないようなお店にもたくさん連れていってもらいました 。そんな中で、会食や取材でいくお店には美味しいワインが出るようなイタリアンが多く、自然とイタリアン好きになっていき、自分が好きなものを、自分の手で作り、勝負していけるようになろうと決めました。

 

素人からイタリアンシェフの道へ

ーその後イタリアンシェフに向けて、どのように歩みを進めていかれたのでしょうか。

古関悠さん:まずは知人のツテで、東京のイタリアンで1年間修行させてもらうことに。包丁すらろくに触れたことのない僕に、そのお店のシェフは1からイタリア料理を教え込んでくれました。

その後、新潟に戻り、古町の飲食店で3年間働きます。ここでは、料理だけでなく経営のことも基礎から学ぶことができました。

そして本場を見るために、イタリアへ留学をする準備を始めます。イタリア語の勉強はもちろんですが、アウェイの環境にも慣れておきたくて、軽井沢や小豆島などいろいろなところを短期間で住み込みで働きました。

実際にイタリアへ留学してみると、やっぱり言葉の壁やいろんな障壁がありました。しかし、最終的にはイタリア文化をより一層好きになり帰国。

新潟に戻ってからは自分のお店をオープンさせ、今年に入って2号店をオープンさせたところです。

 

 

ー異国の地で、どのように壁を乗り越えていかれたのですか。

古関悠さん:イタリア修行中は、モチベーションや気力を保つことが難しかったです。言葉も通じないし、料理のやり方も違ったりして、戸惑うことはたくさんありました。そういう時、海外で活躍するスポーツ選手はどうやって輝いたのかなと思い、それに関係する動画をyoutubeで見たり、本を読んだりしました

 

ー当初はイタリア各地を巡るはずが、最初のトスカーナ地方に惹かれて留まったのだとか。トスカーナ地方はどんなところなんですか?

古関悠さん:トスカーナは新潟と似ています。山もあるし海もあるし島もある。新潟は田んぼが多い中でトスカーナは丘が多くて。人ものんびりしていて、過ごしやすかったです。魚介料理も有名だし。

 

挑戦すること自体にネガティブ要素はない

 

ー古関さんは日本でもイタリアでも、ずっと厳しい修行を積まれていますね。

古関悠さん:僕は26歳から料理を初めて、約10年が経ちました。しかし、ストレートに料理の道へ進んだ人たちは18歳頃から経験を積んでいるわけじゃないですか。僕はその8年のブランクを埋めるためにも、人の何倍も苦しい道を選ばないといけないと思っています。その考えが、ある意味の原動力となってきたかもしれません。

にしても、改めて振り返ると修行ばっかりですね、僕の人生(笑)

今思うと、様々なタイミングで尊敬できる人に出会えて、周りの応援や協力もあって今に至ります。修行ばかりですが、それほど教えてくれる人も多くいたわけで、お世話になった方々には本当に感謝ですね

 

ー会社を辞めるときも、イタリアに行くときも、不安などはなかったのですか。

古関悠さん:全くないですね。何をするときも僕はいつも、自分がやりたいからやっているんですそこにネガティブな要素はないので、不安を感じる必要がないんです

でも、無計画な人間ではないので、新しいことを始めるための準備はそれなりにしていると思います。

 

ー今後についてはどういうことを考えているんですか。

古関悠さん:その質問、先輩方や知人からもよく聞かれるんですが、どうしていきましょうかね(笑)

とりあえず、コロナがあるから先は読めないですよね。どうやって経営していくのか手探りで考えていかないといけません。毎日が勝負なので、頑張るしかないです。

でも、この先たとえどうなろうとも、イタリアに関わる仕事は今後もしていきたいと思っています。イタリアにはとても感謝しているので、早くまた行きたいですね。

 

 

***

 

今回は、LA CUCINA LIBERA(ラ クチーナ リベラ)のオーナーシェフ古関悠さんにお話を伺ってきました。
古関さんは、キッチンでお料理を作っている際、ふと野球のバッターボックスに立っているような心境になるそうです。
「1つひとつが、真剣勝負なんすよ」と笑いながら語る古関さんからは、人生に勝負をかけにいくことへの楽しさが滲み出ていたような気がします。

 

古関悠さん
こせき ゆう|イタリアンシェフ


1986年、佐渡市生まれ。新潟市育ち。幼少期から野球に打ち込み、大学はスポーツ推薦で埼玉の大学へ進学。新卒で新潟市内のラジオ局に就職し、その後料理の道へ。東京の有名イタリアンや本場イタリアのレストランにて修行の後、新潟市にて独立。2022年春には「魚と地酒とワイン りべら」を古町にオープン。

 

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