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【新聞記者】新潟の魅力を発信し続ける!新潟日報社の田中渓太さんに聞く地方の魅力とは

Uターンについて取材を受ける田中さん

今回は、新潟県に新卒でUターンをされた記者の田中渓太さんにお話を聞かせていただきました。記者になるまでのキャリアや、Uターン人材についてや、新潟への想いなどたくさん伺いました!

田中さんだからこそ、新潟で伝えられる事がある。そんな素敵な想いと、記者というキャリアについてお伝えします。

 

地方を盛り上げたいという想いからはじまった記者への道

Uターンについて取材を受ける田中さん

記者を目指されたきっかけを教えて下さい。

田中渓太さん:大学三年の時に新聞社でインターンシップを経験したのがきっかけですね。

意外とこの仕事面白いな、もっと続けたいなって思ったんです。そのなかで自分の好奇心の強い性格だったりとか、割と文章書くことも好きだったので、自分の強みを活かすとなると、これしかないなというのがあって、記者を目指しました。

 

ミスマッチはなかったですか?

田中渓太さん:ミスマッチと言うか、考えと違ったなと思うことは若干ありました。
やっぱりどうしても東京と比較すると、新潟は田舎というか、のんびりしているイメージがあったんですが、記者の仕事は東京でも新潟でも同じで、地域差はないんだなというのがUターンをした際のギャップでしたね。

警察担当の時は大きな事件や事故が起きたら何時であろうが取材に行くので、非常時は朝早くから夜遅くまでっていう働き方は、新潟で働いている周りの同世代との空気感の違いを感じました(笑)

今は仕事にも慣れて、土日はランニングや山登り、温泉に行ったりしてリフレッシュに充てています。

 

東京の大学を卒業されたとのことですが、就職先は新潟にしようと思ったきっかけはあるのでしょうか。迷いなどはありましたか?

田中渓太さん:当時はまったくなかったですね。就職で東京には居ないだろうなというのは、大学に進学したときからなんとなく考えていました。もちろん、東京は情報が色々集まって刺激が多いから学生のうちに一回は行っておきたいなとは思っていたんですが、ずっと住むのは難しいかなって思います。災害なども不安でしたし。

記者になりたいと思う前も漠然としたイメージで、田舎とか地域のための仕事って何かないかなと思って探していました。
最初は、新潟にこだわりはなかったんです。地方で働くであることが僕にとって大事で。

新潟にUターンしようと思ったきっかけは家族ですね。
僕には兄がいるんですけど、兄も東京に進学して新潟に戻る予定はなくて、そんな時、僕は帰らないといけないかなと思いました。家族のことがなかったら、好きなところに行っていた可能性もあるかなと思います。

でも、今になって中途でUターンの道も面白そうだったなと思う部分はあるんです(笑)
僕が新卒でUターンを決めた理由の一つは中途で新潟に戻ってこれるのか不安だったというのがあって。

実際にUターンしてみると、僕の会社でも銀行やメーカーで働いてましたっていう人が新潟に中途として戻ってきている事例もありました。東京なり県外で働いても戻る道があると当時知っていれば、一度県外に出ていたかなとも考えることもありますね。

 

ー1日の記者の方のスケジュールってどのような感じなのでしょうか。

田中渓太さん:基本的には、記者それぞれが自分でその日の予定を決めています
今は経済の取材をしているんですが、企業さんからプレスリリースを頂いて、それを元にアポイントを取って実際に取材しに行ったり。
あとは日々の取材を重ねて、次はこんなテーマで取材をまとめられるなと思ったときは、自分で取材対象を決めて取材しています。

僕が今担当しているのは、IT、小売、観光やベンチャー企業です。ときには担当分野ではないのですが、今回shabellさんが参加されたような「新潟清酒酒場」のイベントに取材に行くこともあります。あと、佐渡の総局に居たことがあるんですが、総局だと街のほっこりするような話題から事件事故まで何でも取材していました。

僕の新潟日報社でのキャリアをお話すると、担当分野は割と短いスパンで変わっていたのかなという印象です。一年目は新潟市役所を担当していて、二年目から二年間佐渡に行って、その後は警察と裁判を担当、そして現在は経済を担当しています。担当が変わると取材する人々と話す内容や必要な知識も変わるので、いつも勉強が必要ですね(笑)。

 

実際に田中さんの周りに、Uターンで戻られて新潟で活躍されている方はいらっしゃいますか?

田中渓太さん:仕事柄そのような方に取材をすることもありますので、割とUターンをする方はいらっしゃると思います。
取材する人々は、新卒よりは中途が多いような気がします。

会社の二代目三代目の方って、どこかで修行されてから戻って来ることが多いので、そのような形のUターンが多いのはもちろんなんですけど、大手企業で経験を積んで帰ってくる若い社長もいらっしゃいます。

 

新潟って転職の文化より終身雇用の文化のほうが強いんですか?

田中渓太さん:まだまだ、全国的に終身雇用の在り方が強いと思いますが、肌感覚でも東京に比べたら強いほうだと思います。でもフリーで活躍されてらっしゃる方もいらっしゃいます。
新型コロナウイルスの影響もあって、首都圏の企業に籍を置きながら、新潟で活躍されている方々もいます。

 

記者さんは一回入社したらあんまり転職しないと言うか、長く働くイメージがあるんですが、転職ってあまりないんでしょうか。

田中渓太さん:長く働く方は多いですね。そうはいっても、家庭の事情や他の分野に興味があって、転職を考える方もいらっしゃるので、決して転職がないわけではないです。

記者はやりがいのある仕事なので、1人でも多く、長く一緒に働きたいですけどね。

 

横のつながりが強いからこそ、受け入れてくれる環境が新潟にはある

お刺身

新潟の魅力を教えて下さい!

田中渓太さん:ご飯が美味しいのはもちろんですし、ほどよく都会で自然が近い。住みやすさは圧倒的だと思います。冬は寒いですが(笑)。あと、新潟に住む人々は新潟愛が強いと思います。

例えば、UターンやIターンで新潟に帰ってきた人が居た時、「助けてあげよう」とか「あの人と繋いであげよう」という人たちは居ると思います。横の繋がりが密なので、なんだかんだ誰と誰が知り合いだったという話はよく聞きます。本当に世間が狭いので。

なので、Uターン、Iターンで帰ってきても、不安なことは少ないです。意識して動いていけば、やりがいのある経験は積めますし、沢山の人と繋がれます。仕事の幅も広がります。
東京は大きすぎて、自分の仕事がどれほど役立ってるのかわからないんじゃないかなとも感じます。新潟くらいのスケールだと自分の仕事が誰かの役に立っているのかだったり、仕事の成果というのも分かりやすいのかなと思っています。

 

地方での経験こそ価値になる

Uターンをするのであれば、新卒より中途のほうがオススメなんでしょうか。

田中渓太さん:先程、新卒でUターンよりは経験を積んでからのほうがよいのかなと言ってしまったのですが、新潟の課題はやはり人口流出で、Uターンで新潟に帰ってくる人は分母としてはまだまだ少ないんですよね。

そんな状況だからこそ、戻って来てくれる人が居たら周りはとても温かいです。Iターンで縁もゆかりも無くても、「わざわざよく来てくれた」と温かく接してくれるのではないでしょうか。

顔や名前も覚えてもらえますし、皆さんすごく大切にしてくださるので、働きがいというところは本当に自信があります。

 

いま新潟って自分にとってチャンスですよね。得られるものが大きいというか。東京の学生にその魅力や価値がもっと伝わればいいのにと思いました。

田中渓太さん:そうですね、可能性は十分あります。今すごくDXが盛んに言われていますが、デジタルに限らず、社会全体が変わらなきゃいけないタイミングだと思います。

例えばデジタルの知識や技術を持った優秀な方々が来てくれると新潟としても需要があるので、県内企業のデジタル化のサポートをしてもらいたいと思いますね。

学生時代、「スキルを活かせるのは首都圏の会社しかない」と、周りの友達がよく言っていたことを覚えています。
東京など首都圏の企業で働く友人は多いんですが、今は地方にもいろいろな企業が進出してきていて、新潟にも徐々に面白い企業が集まってきています。

新潟も県や新潟市が企業誘致を推進していることもあって、企業の進出も徐々に進んでいます。今までは県外に出ていたような意欲ある若者の働く場所ができていったら新潟も面白くなっていくと思います。

 

一人でも多くの人を自分の言葉で紹介したい

Uターンについて取材を受ける田中さん

今後のキャリアビジョンなど、展望を教えて下さい。

田中渓太さん:とにかく一人でも多く新潟で頑張っている、活躍している人たちを紹介していきたいです。
そういう人々を紹介することで県外流出の現状を変えていけたらと思っています。地域の魅力や人々の取り組みを紹介して、少しでも地元に残ってくださる方、戻ってくださる方を増やしていきたいですね。

SDGsが盛んに言われていますが、東京に人やモノが一極集中しているという状況は持続可能性として全く無いと思うんです。新潟に限らず、もっと地方と東京がバランスよく発展する必要があると思います。

僕も感染禍前までは、たびたび東京に行っていましたが、その度東京は変わったなという印象を受けていました。常に工事をしていて、前に来たときにはなかったビルが立っていたり、新しい名所ができていたり。新潟って逆に、インフラ的な部分で新しいものができることは少なくて、「あのお店がなくなった」とか「昔はたくさん人が歩いていたのに」とかいう話が多くて、そういう部分では衰退しているのかなとひしひしと差を感じることはあります。

食文化などがメディアに取り上げられることは割とあるんですが、地場の企業や活躍する若い世代がもっと注目を浴びる場が多くなればいいなと切実に思っています。
若者が新潟に戻りやすい環境づくりの一つとして、僕の会社の新潟日報社でも、あるプロジェクトが動いているんです!

 

Uターンをもっと活性化させるために!「にいがた鮭プロジェクト」

にいがた鮭プロジェクト
にいがた鮭プロジェクトのHP

ーにいがた鮭プロジェクトについて教えて下さい!

田中渓太さん:はい。うちの会社でもUターンの促進に向けた「にいがた鮭プロジェクト」というものがあるんです。鮭って回遊して戻ってくるじゃないですか。その鮭の特性ってUターンにもつながるというので、こんな名前をつけたそうです。

大学関係者や企業の人事担当者がUターン支援について意見を交わすプレイベントも12月10日にあります。

Uターン、Iターンの促進に向けては、shabellさんと通ずる部分もあると思うので、shabellアプリを交えてなにかできたらとても良いですよね。

にいがた鮭プロジェクト:https://www.niigata-nippo.co.jp/pr/sake-project/

***

東京の大学を卒業し、新卒で新潟に戻られた田中さん。これからも記者として一つでも多くの人や企業を発信していきたいと笑顔で語っていました。Uターン人材だからこそ、新潟にかける思いも強いです。

shabell baseでは今後も新潟に関する記事を掲載していく予定です。
Uターンについて悩んでいる方は、先駆者の話を読んでみませんか?

田中渓太さん
たなか けいた|記者


新潟県出身。東京の大学を卒業後、新潟へUターンをし、株式会社新潟日報社へ新卒で入社。現在は編集局報道部 経済担当などを経て、現在は同社柏崎総局で行政や経済、地域の取材をしている。
新潟日報デジタルプラスhttp://niigata-nippo.co.jp

 

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